レチノイン酸は妊娠動物において過剰・欠乏いずれの状態でも胎仔に頭蓋顔面領域を含めた重篤な奇形を起こす。そのため生体内でのレチノイン酸濃度は厳密に制御される必要がある。レチノイン酸を不活化する代謝酵素は脊椎動物で3種類あり、本申請ではこの酵素のノックアウトマウスにおける遺伝子発現の変化を網羅的に解析した。その結果、転写抑制因子Trps1を含めたいくつかの因子の発現変化を見出した。ヒトTRPS1遺伝子の変異は頭蓋顔面領域を含む奇形を示すTrichorhinophalangeal症候群(TRPS)の原因となることが知られており、Trps1ノックアウトマウスの解析から申請者は新たに顎関節形成の異常を見出した。Trps1ノックアウトマウスでは顎関節発生が野生型マウスに比べやや遅れて始まり、胎生18日齢では下顎頭の大部分が石灰化(成熟)し、下顎の成長の一端を担う下顎頭軟骨が早期に消失することが分かった。この早期の成熟はTrps1の欠損によりRunx2の作用が下顎頭軟骨において増強されるために起こることが示唆された。Trps1はRunx2の転写活性を抑制することが報告されているが、ヒトTRPSに認められる変異TRPSlはRunx2の転写活性を抑制できないことがわかった。顎関節の正常な形態形成は発声、摂食など日常生活に必須の顎運動の基礎であり、TRPS1が顎関節の発生に必要不可欠の因子であることが本研究で分かった。
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