本年度は、研究目的1「咽頭への食物侵入が呼吸リズムに及ぼす影響」についての検討を行った。固形物と液体を同時に摂食すると、嚥下開始までに液体成分が下咽頭へと高率に流れ込む。気道防御機構が低下している摂食・嚥下障害者では、この嚥下前の下咽頭への食物の流れ込みにより誤嚥の危険性が増す可能性がある。そこで、今回われわれは、固形物と液体を同時に摂取する時の液体成分の粘稠度を変化させることで、嚥下開始までの咀嚼、食物の咽頭流入、呼吸リズムが変化するか検討した。 若年健常者が水分と米飯を同時に咀嚼したときの水分の粘性を変化させ、咽頭への食物流入のタイミングと呼吸リズムの変化を調べた。咽頭での食物の動きは、経鼻内視鏡にて記録、録画された。内視鏡は、左側鼻腔より挿入され、口蓋垂先端が映像の下端に視認できる位置にて保持された。呼吸リズムは、プレスチモグラフにて記録された。水分の粘性は、4段階に分けられた。 トロミなしの水分と米飯の摂取時では、56%の試行で、食塊は嚥下反射開始までに下咽頭へと流入していたが、水分の粘性が高まるとともに食物の下咽頭への進入の割合が減少していった(p<0.005)。食塊先端が喉頭蓋基部に達してから嚥下開始までの時間は、トロミ4%ではトロミ0%よりも有意な減少を認めた(p=0.02)。その一方で咀嚼時間は、トロミ4%では、トロミ0%よりも有意に延長していた。嚥下はほぼ全ての試行で呼気中に起こっていた。しかし、食塊の咽頭への流れ込みと呼吸リズムの有意な関係は認めなかった。 液体と固形物を同時に摂取するときに、トロミ付加で、咀嚼時間が延長し、中咽頭での食物の滞在時間が減少することが明らかになった。この結果は、実際の食事場面でもトロミ付加が、嚥下反射遅延を有する摂食嚥下障害者への食形態代償法の一助となる可能性を示唆する。一方、嚥下前の食物の咽頭進入が呼吸リズムへ与える影響は低いことが考えられた。
|