殿部筋肉内注射部位の特定方法として用いられる「クラークの点」は、注射時に上殿神経、上殿動脈・静脈の損傷の危険性が少なく、中殿筋への刺入がより確実であるため安全な部位であることがこれまでの研究で明らかになっている。一方で、この「クラークの点」について、肥満体型の対象者の場合、特定する際に指標となる上後腸骨棘が触知しにくいことを特定上の問題点として挙げている報告が見られる。本研究の目的は、上後腸骨棘を指標とせずに、誰もが触知しやすい上前腸骨棘のみを指標とした簡便な特定方法の探究である。そこで、「クラークの点」と上前腸骨棘との位置関係を調査し、形態学的検討を行った。 対象はA大学解剖セミナーに供された解剖実習体4体7側の殿部とした。各部位の特定方法として、「クラークの点」は同一の測定者が実測により決定した。また、腹臥位で上前腸骨棘を基点とし床面から垂直に引いた線上で、上前腸骨棘から5.0~12.0cmの部位まで1.0cm間隔に目印を付けた。各部位の神経・血管の走行や皮下組織・筋の構造などを観察し、殿部筋肉内注射の適切な部位を検討した。 「クラークの点」は上前腸骨棘から7.0±0.6cm離れた位置にあった。また、上前腸骨棘から7.0~8.0cmの部位では、大腿筋膜張筋や大殿筋に刺入する例が少なく、中殿筋の厚みが十分にあるため、中殿筋に注射針を刺入しやすいと考えられる。また、中殿筋深層の上殿神経、上殿動脈・静脈の近接例は、上前腸骨棘に近いほど少ないが、上前腸骨棘付近は大腿筋膜張筋を刺入することも考慮しなければならない。したがって、上前腸骨棘から7.0~8.0cmの部位が適切であると考えられる。一方、上前腸骨棘から11.0~12.0cmの部位では、上殿神経、上殿動脈・静脈の近接例が多いため避けた方がよいと考えられる。今回の対象は4体であり症例数が少なく各部位での比較が十分にできないため、今後も症例数を増やし観察を行っていきたい。
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