殿部筋肉内注射部位の特定方法として用いられる「クラークの点」は、注射時に上殿神経・動静脈の損傷の危険性が少なく、中殿筋への刺入がより確実であるため安全な部位であることが検証されている。一方で、肥満体型の対象者の場合、特定する際に指標となる上後腸骨棘が触知しにくいことが「クラークの点」の特定上の問題点として挙げられている。本研究の目的は、上後腸骨棘を指標とせずに、誰もが触知しやすい上前腸骨棘のみを指標とした簡便な特定方法の確立である。そこで、「クラークの点」とその頭側あるいは尾側の領域の上殿神経・動静脈の走行を観察し、筋肉内注射の安全な領域を検討するとともに、簡便かつ正確に注射部位を特定する方法について検討した。 研究方法は、解剖実習体34体65側の殿部を対象とし、大転子上縁中点から腸骨稜に向かって延長した中央側面の線、大転子上縁中点から上前腸骨棘に向かって引いた線、腸骨稜に囲まれた領域を以下のように特定した。腸骨稜から「クラークの点」までの領域を(ア)、「クラークの点」から「C'の点」(「クラークの点」を左右の上前腸骨棘を結ぶ線上に修正した点)までの領域を(イ)とした。そして各領域における中殿筋深層の上殿神経・動静脈の走行例数を観察した。 結果として、中殿筋深層まで注射針を刺入した場合、「クラークの点」では、上殿神経・動静脈前枝の近接例が12側(18.5%)、後枝の近接例が29側(44.6%)であった。領域(ア)では、上殿神経・動静脈後枝の走行例が60側(92.3%)であり、特に多かった。領域(イ)では、前枝・後枝全体では最も走行例が少なかった。よって左右の上前腸骨棘を結ぶ線上で、上前腸骨棘より7~8cmの領域が上殿神経・動静脈の損傷の危険性が少なく、安全であると考えられる。上後腸骨棘がわかりにくい場合は、この特定方法によって安全な領域を特定することが可能であると考えられる。
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