研究概要 |
当該研究はより広範な研究企画の一部であり、その全体的な目的は19世紀末から今日にかけて、国民アイデンティティという視座から日ロ関係を分析することである。この研究企画の前段階において、著者は日本の国民アイデンティティとロシア観及びロシアの革命以前の日本観を分析してきた。昨年度において、著者が、二つの方向で研究を進めてきた。一つは、革命後(主に1920年代)のロシアのアイデンティティと新生ソ連における日本観の変容を分析した。通常、国民アイデンティティの分析において、公式の文書が分析対象になっているが、革命後のロシアにおいて公式文書のイデオロギー色が極めて強いため、日本を訪れたソ連の作家の旅行記を分析した。これらを通じて、ボルシェビキ思想のロシアにおける自己民族認識に対する影響を東洋観及び日本観という文脈において分析し、明らかにした。具体的に、共産主義思想、とりわけ階級闘争論と世界革命論、と同時に存在してつづけた"ロシアは西洋と東洋のかけ橋である"という認識はどのように融合し、どのように齟齬したのかということを分析した。この研究の成果は2012年の秋に"The Soviet Identity and the 'East':Soviet Travel Literature on Japan and China"という章として,Race and Racism in Modern East Asia:Western Constructions and Local Reactions(分担著)にBrill社から発行される予定である。 それと同時に、北方領土問題との関連において、日本の広義のマイノリティのアイデンティティ形成に研究の焦点を当ててきた。具体的に、1970年代に始まったアイヌ民族権利回復運動及び1945年から1950年代にかけて、初期の元島民による北方領土返還運動の思想体系と集団アイデンティティ、それの当時の日本社会における主流言説との関連、運動の形態等を分析してきた。日ロ関係及び北方領土問題をめぐる既存の研究は国家でない団体にほとんど触れていないが、本研究はこの溝を埋めるための初の試みである。アイヌ民族運動におけるアイヌのアイデンティティと北方領土問題との関係を分析した研究の成果は既に発行され(下記を参照)初期北方領土返還運動に関する論文はアジア研究学会にて発表され、現段階では得られた指摘を参考に修正中である。
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