本研究課題の目的は、アジア各地における有害化学物質汚染の中で、規模・被害人口の面でもっとも深刻な事例である地下水のヒ素について、そのヒ素濃度が地理的に変動する要因、および経時変化を解明することである。実験的アプローチを主体とした研究であり、平成21年度は汚染堆積物を用いた吸着実験を実施した。試料はバングラデシュ中東部ショナルガオ地域、南西部シャムタ地域で採取したものを使用した。両地域の結果を比較したところ、ショナルガオ地域とシャムタ地域では、地下水中のヒ素濃度は同程度であるにも関わらず、汚染機構が異なることが判明した。具体的には、ショナルガオ地域の汚染は帯水層中のヒ素濃度が高いことに起因するのに対し、シャムタ地域は帯水層中のヒ素濃度は低いがヒ素がきわめて溶解しやすい状況にあるため汚染が生じていることがわかった。ヒ素の溶解しやすさは、堆積物-水間のみかけの分配係数(Kd)というパラメータに依存するが、このKdの変動機構を調べるため、吸着実験に加え、X線吸収分光法を用いた鉄の形態分析を試行した。この結果、Kdの支配要因として、ヒ素の酸化状態、鉄水酸化物の含有量、地下水中に存在する吸着阻害イオンなどがKdに影響することがわかった。この結果をまとめ、2010年に掲載された論文において、「吸着平衡モデル」の考え方を提示した。 また、上記仮説を室内実験系で検証するため、2009年度はカラム実験系の立ち上げを行った。嫌気環境で実験可能なガス置換型グローブボックス等を購入し、実験環境は整備された。 上記を総合し、平成21年度の目標は十分に達成された。
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