言語構造の意味的/文法的な振舞いを動機づける要因を、認知的/談話的な観点から考察した。具体的には、以下の四つのトピックに関する研究を行った。第一に、前置詞underに見られる条件法の帰結節を導く文法機能を分析し、この機能が空間的意味から抽象的な意味を介して拡張している点を示した。第二に、前置詞の談話機能の基盤を考察するために、asideとnotwithstandingを含む類義的な構文の比較を行い、これらの構文が談話レベルでは同等の機能を持たない点を明らかにした。第三に、Behavioral Profilesアプローチと呼ばれる多性義の定量的な手法を用いて、big/large/greatとsmall/little/tinyという反意語のグループの振舞いを考察した。第四に、分析手法を日本語に応用して、人称詞「こいつ」「そいつ」「あいつ」に見られる指示対象の非対称的な広がりを考察した。 以上の研究はすべて、言語ユニットの文法的/談話的機能を動機づける基盤に関するものである。これらの研究は、意味論的意味と語用論的意味という厳格な二分法に基づく従来の研究に対して、語彙の意味や機能は文脈により生じるという文脈主義的な言語研究手法を提示し、実践している。このような分析を進めることで、これまでは意味論の範囲に限定されてきた多義語の研究範囲を拡大し、より一般性の高い、文法化や談話文法などの視点から多義性を論じることができるようになった。また、方法論に関しては、従来の直感に基づく研究を経験的に実証するために、意味の定量的な分析モデルを提唱してきた。以上の成果をまとめ、2010年度は4本の論文を発表した(内2本は国際誌)。また、二冊の入門書の執筆に参加し、前置詞の多義性の解説と、定量的な言語の分析手法の紹介を行った。さらに、萌芽段階のアイディアをまとめて、国内外の学会で三本の共同研究を行った。
|