自らの下した道徳判断を正当化しようとする人が、感情に訴えることは妥当なことか。妥当である場合があるとして、そこで感情が果たしうる役割は、具体的にいってどのようなものか。これらの問いに答えることには重要な意義がある。一般にも、具体的な問題に即して道徳を論じる人が議論や理屈にではなく感情に訴えることは少なくないのみならず、学界においても、同性婚やヒトクローン作製など応用倫理の緊迫した諸問題にたいする特定の答えを感情に訴えて正当化しようとする論者が影響力をもってきているからである。これらの問いに答えることが本研究課題の目的である。 そこで本年度は、まず、これらの問いについて従来の倫理学がどのように回答してきたかをあきらかにすることを目指した。既出の言説や議論を、規範倫理学・メタ倫理学・応用倫理学の各領域からできるかぎり広範に収集することを試みた。また、文献レヴューの手法により、(A)各々の言説はどの種類の感情(怒り・嫌悪感・恐怖・共感など)に言及しているか、(B)なぜ・どのように感情が道徳判断を正当化する(/しない)と考えられているか、(C)言及されている感情の性格や機能にかんする事実理解や概念把握は、近年の実験心理学や生理学の知見からいって妥当か、(D)事実理解や把握の仕方が、当該議論の規範的な主張の内容と見合っているか、といった問いに沿って論点の整理・分類・批判的検討を行うよう努めた。研究成果の一部は論文等にまとめ、発表した。
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