道徳判断を正当化するために感情に訴えることは有効か。本研究の目的はこの問いについて検討することにある。一般のみならず、学界においても、応用倫理の緊迫した諸問題にたいする特定の回答を感情に訴えて正当化しようとする論者が影響力を有してきている現在、本研究課題の遂行には大きな意義があるものと考えられる。本研究では、この目的のため、規範倫理学・メタ倫理学・応用倫理学にまたがって蓄積されている議論をひとまとめにして整理・分類すると同時に、これを実験心理学や生理学の分野における近年の感情研究の知見、またこうした知見に基づいて近年おもにアメリカで展開されてきた感情哲学の概念分析の成果と突き合わせることにより、道徳判断の正当化において感情が果たしうる役割の広がりと限界を検証することを目指した。 本年度も研究実施計画にしたがい、前年度に引き続き、倫理学の領域で言及されることの多い「嫌悪感」や「共感」といった個別の感情について、それを経験することと何らかの道徳判断を下すこととの関係を調べるため、とくに近年の心理学分野における実証研究並びに理論研究の成果を幅広く収集・整理することに努めた。さらに、こうした個別の種類の感情についてだけでなく、感情一般についてその発露を制御するという振る舞いが持つ規範性にかんしても研究を進めた。後者にかんしては、徳倫理やケア倫理における最近の議論を確認するとともに、実証研究分野ではとくに感情社会学における調査研究が持つ含意を分析した。こうした分析から得られた成果の一部は、国内の研究会や学会、また国際学会等で報告した。
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