本研究は、地域間の構文の違いに注目し、現代中国語の二重他動構文が一つの言語の歴史の中で生じたものなのか、それとも言語接触の影響によって生まれたものなのかという問題を掲げ、その問いへの解答を模索するとともに、中国語の歴史に対する再考を提唱するものである。研究方法としては、二重の他動関係を表す複数の構文(二重他動構文)を、「古代中国語-近代中国語-現代中国語」という通時的な座標軸と「西北方言-共通語(北京語)-東南方言」という共時的な座標軸から成る二次元の枠に位置づけ、二重他動構文の変遷とその動機づけを考察し、さらに言語類型論を適用することで、現代中国語の二重他動構文の構文的意味を分析する。本研究の独創性と意義については、以下のようになると考えている。 (1)現代中国語の二重他動構文を、初めて、「古代中国語-近代中国語-現代中国語」という時間的な座標軸と「西北方言-共通語(北京方言)-東南方言」という空間的な座標軸の両方から成る二次元の枠に位置づけ、体系的な観察と考察を行った。そして、中国語二重他動構文自身の歴史的な変遷経路と軌跡を分析し、さらに、言語の接触と浸透が中国語二重他動構文に与えた影響を明らかにし、二重他動構文を「同一の源」をもつ構文と「異なる源」をもつ構文に分けた。 (2)中国語内部で与格受取手が直接目的語の後ろから直接目的語の前に移り、さらに動詞の前に移ってきたと見なす先行研究に異議を唱え、地域を越えた中国語は同質の体系ではないことを主張した。文法の変遷は、必ずしも同質言語内で起こるわけではなく、そこには「構文の借用」、「構文の影響」という問題が存在しており、これまでの「単線的変化」理論の下で構築された変化のプロセスには再考の余地があることを明らかにした。 (3)中国語には三千年以上の文献史、豊富な方言および少数民族の言語がある。また、唐代以後契丹、女真、蒙古などの各民族が前後して中原に入ることによって、語族間の接触はさらに頻繁になり、「中国語の非『中国語』化」をいっそう強めた。本論文は中国語がもつ複雑性を明らかにし、現代中国語の構文に対する通時的・地域横断的な考察や語源解析の参考になる分析事例を提供しているように思われる。
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