本課題のテーマであるセラーズの哲学体系について、主として「感覚印象」の概念をめぐるセラーズの考察に焦点をあわせた研究を行った。 「感覚印象とは何か」というテーマは、セラーズの哲学的プロジェクトの中心に位置する問題であり、この問いに対する回答を明確に理解することは、セラーズの哲学体系の全体的解明を目指す上で決定的な重要性をもつ。しかし、「感覚印象」を主題として書かれたセラーズのテキストを横断的に検討し、見通しの効いた総括的解釈を描き出してみせることは、お世辞にも明瞭とはいえない彼の哲学を理解する上でもとりわけ困難な問題の一つに属している。そして、この困難の一端は、「感覚印象」をめぐる分析のうち、1981年に雑誌『モニスト』誌上で公刊された「純粋プロセスの形而上学の基礎づけ」(FMPP)が、代表作「経験論と心の哲学」において提示され、その後も長きにわたって維持されたセラーズ自身の見解を否定するかのような論述を含んでいる、という事情に由来するものである。 本年度の研究では、感覚印象をめぐって些細とはいえない相違を示すセラーズの論述について、「セラーズの根本的な立場に変更はない。前期の見解を否定するかにみえるFMPPのテキストを-前期のテキストが萌芽的な形で含んでいながらも、未成熟な表現の陰にかくれて見通すことのできなかった-セラーズ哲学のある根本的な特性と重ね合わせて解釈することができる」ことを明確にした。先行研究の少ない大きな問題について一つの新しい選択肢を提示し、将来的に参照されるべき日本語での基礎資料を提供したという点で、本研究には十分な意義を認めることができると考えている。
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