本研究は朝鮮時代における荀子学の総合的研究を目的とし、以下の二つの作業を行った。 1. 書誌学的な研究:朝鮮時代から現在に至るまでの、韓国・日本・中国・台湾・フランス・イギリス・アメリカで刊行された朝鮮本関係書目や蔵書目録80種以上、および韓国での版本調査を行い、朝鮮で作られた『荀子』の版本・写本の存在、および朝鮮の学者が自にした荀子書の種別とその流布状況を解明した。史書の記録によれば、高麗時代に荀子書が刊行されていたことが知られるが(『高麗史』など)、本調査で実際確認された荀子書は明版・清版の中国版本であり、朝鮮で作られた『荀子』版本は確認されず、写本1種が確認された。朝鮮本(韓本)のみを載録する書目をみると、子部の儒家類は中国撰述の性理学関係書と朝鮮学者の儒学関連著述がその大部分を占め、宋代以前の中国撰述の儒家書は皆無に近く、子部の他の類目においても墨子・韓非子のような諸子書は見あたらない(道家と兵家は例外)。こうした傾向から、思想部門において朝鮮時代の出版事業は、主として性理学関係書物の刊行を中心に行われたことがうかがわれ、朝鮮時代の知識人が一般的にみた『荀子』テキストは、明・清から輸入された版本、ないし朝鮮後期に広く流布された諸子書の節略本(『諸子類纂』など)であったと考えられる。 2. 朝鮮の荀子学関係資料を収集・整理:荀子書の種別や流通に関しては不明な点が多いが、文集や朝鮮王朝実録などには荀子や荀子書に対する論及が、序・跋・読書記・引用の形で少なからず散見される。これらの記事は朝鮮時代における荀子像や荀子書の受容様相を知るために重要であり、当年度は主に荀子関係資料の収集・整理作業を行った。その結果、荀子の性悪説に対する批判的な記事が多数にのぼるが、立論のための引用や訓詁のための典拠として荀子書を多く用いることが確認できた。これらの記事を学者別・時代順に整理して資料集を編集している。この資料集を通じて朝鮮時代における荀子観、およびその時代的な変遷が明らかになると期待される。
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