本研究は、明治中期に活躍した漢詩人野口寧斎の文芸活動の総体とその背景について分析を行うことによって、明治期の文学・学問の研究に新たな視座をもたらそうとするものである。寧斎は、漢詩のみならず、小説批評や和歌、雑俳にも手を染め、また、中国古典文学の紹介なども積極的に行っており、明治期の文化ネットワークにおいて重要な結節点となった人物である。本年度は、(1)寧斎の出身地諫早での現地調査、(2)関西大学所蔵野口寧斎関係資料の調査、(3)寧斎の漢詩についての分析、(4)寧斎の小説観を評価するための、明治20年代初頭の小説批評に関する詳細な情報の収集、(5)新聞雑誌に掲載された寧斎自身の論文の収集、の5点の作業を進めた。(1)については、諫早領公文書『諫早日記』中より、寧斎の祖父良陽、父松陽に関係する記録を抽出し、また、諫早に残る寧斎関係資料の所在についてフィールドワークを行った。(2)に関しては、とくに詩稿や雑記などの、筆者や執筆年代などが明らかでない資料について、(1)で得た情報なども参考にしながら考証を行い、該当資料の相当部分について基礎情報を確定した。(3)については、漢詩雑誌『百花欄』所収の寧斎の詩を読解し、寧斎の師である森槐南の作品との比較検討を行った。(4)(5)に関しては、国会図書館や東京大学附属図書館において、デジタル資料や複製版のない新聞雑誌を閲覧し、寧斎の手になる論文・記事を探索した。とくに(1)(2)の作業によって、寧斎の祖先の文学的教養、及びそれが寧斎の文芸に与えた影響について、まとまった知見を得ることができたと考えており、現在、活字化のための準備を進めている。
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