本年度は、「大名・旗本の人間関係」という切り口から分析を進めた。成果としては、『名門譜代大名・酒井忠挙の奮闘』(角川学芸出版)を刊行し、幕藩研究会(学習院大学人文科学研究所)で、研究報告「綱吉政権期の大奥女中松枝-「御老中方窺之留」にみる御年寄の養子縁組」を行った。両者とも、徳川幕府中期の前橋藩主である酒井忠挙が幕閣と取り交わした書状群を整理した「御老中方窺之留」(姫路市立城郭研究室所蔵)という一級史料の分析を中心とした研究である。忠挙は、4代将軍徳川家綱の大老酒井忠清の嫡男として誕生したが、父が次の綱吉政権で事実上失脚したために忠挙も家格を下げることとなり、再び幕府中枢で働くために、幕府に働きかけなければならない立場となった。加えて、名門酒井家一門の長として、親族や交流のある大名・旗本から幕府への取り次ぎルートとして頼られる、という立場でもあって。その忠挙の人的ネットワークの中に、将軍側近柳沢吉保との婚姻関係があった。忠挙は柳沢吉保に、酒井家や交流のある大名・旗本の家格維持や復活の指南を受けるばかりでなく、綱吉政権への提言を行うなど、将軍側近を通して幕府へ様々な働きかけを行っている。一方、柳沢にとっては、名門譜代大名の酒井家と姻戚関係を結ぶことで、新興大名である柳沢家に箔を付けるという利点もあったと考えられる。忠挙には、柳沢吉保ばかりでなく、老中をはじめとする要職者、公家、医者など、あらゆる人的ネットワークがあり、本研究では、当該期の武士の社会を人間関係の観点から、具体的に明らかにすることができた。その中には大奥の女中との関係もみられ、それを読み解いたのが、後者の研究報告である。なお、酒井家文書(兵庫県姫路市)の調査のほか、江戸幕府日記の検討のため、長崎県島原市、東京都、諸大名の史料調査のため、福井県小浜市、香川県高松市の研究機関・博物館等での史料調査を行った。
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