本研究は、王立協会が形成した環大西洋ネットワークを、北米自然誌が生成するトポスとみなし、そこで自然誌の書法がどのように制度化されていたかを考察することを所期の目的とした。これを遂行するために、アメリカ合衆国での一次資料調査・収集、および、関連する二次資料の収集を実施するものとした。一次資料調査および収集に関しては、研究期間中に2度、合衆国での現地調査を行った。また、二次資料に関しては関連分野の最新の成果を網羅的に収集した。一次資料の分析も随時進めており、ロンドン王立協会がいかにして北米の自然誌をその機関誌『フィロソフィカル・トランザクションズ』のテクスト上に構築していったかが、徐々に明らかになりつつある。とりわけ、フィラデルフィアのアメリカ学術協会図書館で収集した一次文献(アメリカ自然誌に関する手稿)に関しては、これまで手つかずのままであったものがほとんどで、慎重に分析を進めている。これらの資料分析によって、(1)18世紀の環太平洋地域における自然誌が、どのような枠組みで語られていたのか、(2)その語りの枠組みは、どのように自然誌の捉え方に影響を与えたのか、の2点について、従来未検証の知見が得られつつある。具体的には、当時のアメリカ自然誌が、ロンドンを中心とした文化圏において一定の価値を持つよう方向付けられていたということであり、また、この価値体系にある程度迎合する形で、「真の」自然誌が書かれていたことが明らかになりつつある。そして、このような意味での自然誌が、結果的にアメリカが独立する際にひとつの文化的アイコンとして機能した可能性も明らかになった。二次資料に関しては、関心の中心である領域の自然誌のほか、18世紀のアメリカ文学やイギリス文学、同文化史や文化理論等の成果にも細心の注意を払い、自然誌の書法が制度化されてゆくダイナミズムを理論的に説明する参照枠の設定に努めた。
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