平成21年度の研究計画は、中世チェコのナショナリズム関連、とりわけユダヤ人とモラヴィア人に関わる資料および研究文献をリストアップし、入手し、分析することにあった。 ユダヤ人に関しては、笑劇(ファルス)を中心に、俗語(チェコ語)で書かれた文学作品、また彼らの法的・経済的・社会的立場を確認するための都市史料を調べた。また、研究文献としては中世ヨーロッパにおけるユダヤ人を取り扱ったモノグラフ、とりわけチェコとの比較の対象になりうるポーランドとハンガリーのユダヤ人史を入手し、分析を進めた。その結果、ドイツ人植民者がかなりの社会的プレゼンスを得たチェコの場合、シレジア地方をのぞき全体でみればチェコほど植民者数の多くはなかったポーランド、東方に開かれているためにイスラームや遊牧民クマンをも抱えるハンガリーと比べ、チェコ・ナショナリズム="我"ら意識に輪郭を与える"彼ら"としての存在感はドイツ人が圧倒的であることが判明した。一般に中世ヨーロッパ社会では、マイノリテでありながら都市の富裕層を占めるために嫌われていたのはユダヤ人であった。しかし、チェコの場合はそのポジションをドイツ人が占めている。ドイツ人に対して、通常はユダヤ人に冠せられる「金に汚い裏切り者」「ユダ、ピラト」といった定型表現を投げつけるパンフレットなどの存在がそのことを示している。こうした分析の成果を公刊するために、現在、査読付学術誌に投稿するための論文を執筆中である。 一方、モラヴィア人に関しては、周辺各国の叙述史料およびモラヴィアにおける法史料の収集が課題であった。前者は概要をおさえた段階であり、後者に関しては『モラヴィア史料集成』全15巻を手に入れることができた。実際の分析は平成22年度の課題となる。
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