平成22年度の計画は、第一に、前年度に分析をすすめた中世チェコにおけるユダヤ人の位置づけに関する論考を執筆することにあった。この論考は予定通りに上梓し、現在は査読付学術雑誌に投稿中である。この中では、異教徒ではなく民族集団としてのユダヤ人に目を向けることで、中世チェコにおけるナショナル・アイデンティティの形成に対する他者としてのドイツ人の役割を相対化すると共に、その特殊性をより明確に論じた。こうした個別的な事例からさらに一般化し、ある共同体内で圧倒的なプレゼンスをもつ他者の存在は、通常は差別ないし嫌悪されている他の集団への反感をもかき消すことになり、民族形成のためには複数の他者の存在は必要としないという結論を得た。 計画の第二点であったチェコにおける資料収集も、8月3日~12日にかけて行った。ユダヤ人街の多いモラヴィア地方の中でも、ミクロフ、トゥシェビーチ、ボスコヴィツェの三都市に調査対象をしぼり、現地のユダヤ人街および博物館を訪問した。博物館では現地で刊行されたユダヤ人の地域史を入手することができた。これはネット書店でもプラハの大型書店でも販売していない研究書であり、現地を訪れた結果えられた成果のひとつである。また、現在保存・修復活動のすすめられているユダヤ人街では、都市構造の中でユダヤ人の居住する地区がいかなる位置を占めていたのかを体感的に理解を深めることができた。この海外渡航でえられた体験および研究書からの知見は、「モラヴィアにおけるユダヤ人街の成立とその現況」(『秀明大学紀要』8号)として公刊した。
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