平成21年は、これまでのペルシア時代におけるユダヤ共同体や周辺地域における社会経済階級構造についての研究史を整理し、従来の研究方法論の反省に基づいた新しい方法論の再構築を行った。その結果、ペルシア時代におけるユダヤ共同体の社会経済階級構造についての考察は、以下の三つのポイントに焦点を当てて、進めるべきであるという結論に至った。 1.ペルシア時代に執筆された聖書のテキストと聖書考古学の成果を連携すること。 2.ペルシア時代におけるユダヤ共同体は、孤立した経済社会単位ではなく、当時のペルシア帝国の一部分であったという事実に基づき、ペルシア帝国の政策や制度研究からのアプローチすること。 3.当時のユダヤ共同体におけるペルシア帝国の政策の方向性は、農村化、商業化、軍事化、民族的集産主義化であったことから、その時代背景がモーセ五書の形成に与えた社会経済的、政治的、宗教的影響について考察すること。 上述した三つのポイントに基づいて、創世記18章における独特な審判思想がペルシア時代におけるユダヤ共同体の社会経済的階級構造の特異性によって生じたものであるという新しい仮説を打ち立て、その研究成果をまとめ、2009年10月19日、日本聖書学研究所にて、「全地をさばく者は公義を行うべきではないか-創世記18章における神の懲戒的正義の思想史の位置について」というテーマで研究論文を発表した。そして、さらにこの研究論文内容を発展させ、英語に翻訳し、2009年11月にアメリカで行われたSociety of Biblical Literature(世界聖書学会)において、「Shall not the Judge of all the earth do right?-The Problem of YHWH's Punitive Justice in Genesis 18 and Ezekiel 14&18 : Historical Development of Theological Concepts」というテーマで研究論文の発表を行った。この研究論文は、これまで研究者たちによって、バビロン捕囚期以前にヤーウィスト(J)によって記された神人同形論に基づく原始的物語として捉えられた創世記18章が、非常に洗練された個人主義的倫理感覚に基づいたペルシア時代のテキストであるということを文献学的、考古学的、社会学的に論証し、新しい解釈の可能性を示し、旧約聖書のモーセ五書を形成した当時のユダヤ社会の全体像を理解するための重要な手がかりを与えたと評価できる。 上述した研究成果の内容を集約した論文が、平成22年度に聖書学論集第42号を通して出版される予定である。
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