本年度は研究実施計画通り16世紀異端審問を題材とした歴史小説『ルクレシアの幻視』(1996)と『異端者』(1998)に関する一次史料と関連する文献の収集を行い、精査・分析を行った。1)『ルクレシアの幻視』の研究では16世紀スペイン各地に出現した女性幻視者に対する異端審問裁判関連の文献、資料を収集し、社会学的研究を中心に分析した。小説主人公の幻視者ルクレシア・デ・レオンとその他の女性幻視者に対する当時の社会の態度が、ルクレシアと彼女の夢を記録した筆記者の関係にどのような影響を与えたのかについて考察した。またこの点についてはさらに作家ホセ・マリーア・メリーノと歴史研究者リチャード・ケーガンの、ルクレシアへの評価に関連付けて分析した。この結果を5月の学会で口頭発表する。2)2010年1月に行ったスペインへの調査旅行では、国立古文書館の異端審問セクションでの裁判史料の閲覧をし、国立図書館では異端審問およびスペイン文学に関する最新の文献の収集を行った。国立古文書館で閲覧したルクレシア・デ・レオンおよび関係者に対する異端審問史料は複写依頼をしている。3)16世紀スペインのルター派に対する異端審問を題材としたミゲル・デリーベスの『異端者』の研究については本年度購入した文献・史料の精読を始めた。ルター派として異端審問にかけられた被告の多くが都市のブルジョワ階級出身の知識人であるという歴史的事実と小説の主人公との共通性を探りつつ、小説における異端審問の表象を考察した。研究実施計画に記した通り本年度は研究遂行のための基盤となる文献の購入とその精読を中心に行い、研究成果を発表できる段階には至らなかったが、来年度の研究成果発表に向けて準備を進めている。調査旅行では作家へのインタビューはスケジュールの関係で叶わなかったが、スペイン現代文学研究者であるキャロリン・リッチモンド氏と意見交換をする機会に恵まれ、今後の研究遂行について有益な助言を戴けたことは重要な成果だった。
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