今年度は、まず、当時の新聞、雑誌記事を主な資料として、大正期の日本における表現主義受容・紹介の傾向を考察した。その際、すでに叢書の形で集成されている資料を補足するため、近代日本文学館及び東京芸術大学図書館で資料の調査と収集を行った。収集した資料には順次分析を加えているが、その結果、「表現主義」という概念に様々な解釈が施されていた様子が明らかになってきた。また、受容の傾向が、紹介・事項に即した記述から、共感へと変化しているような印象も得られた。しかし、当初予想していた以上に関係資料の分量が多く、内容も多岐にわたるため、この分析結果をまとめるのは来年度以降になる予定。 更に、今年度は、上述の調査で得られた資料の一部や小山内薫の表現主義論を織り込みつつ、表現主義の「叫びの美学」の日本での受容を扱った論文をまとめた。この論文は、2010年中に出版予定の論集Ubersetzung-Transformation (Christine Ivanovic/Hiroshi Yamamoto編集、Konigshausen & Neumann)に収録されることが決定しており、原稿はすでに入稿済みである。 個別研究の分野では、村山知義の初期戯曲に関する論考を完成させるため、彼のベルリン滞在中の劇場体験を精査した。まず、帰国後に発表された村山の雑誌記事から、彼のベルリン体験を再構成した。更に、村山自身の記述を検証するため、ベルリン国立図書館・新聞部門で1923年当時の主な新聞の文化欄を調査した。この結果、これまで村山のベルリン体験を論じる際、唯一の典拠とされてきた自伝の記述に修正を迫るような資料も発見された。現在、この調査結果を踏まえて、村山の初期戯曲に関する論考を執筆中。
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