石垣島でのフィールドワークで、さまざまな日常の相互行為の場面をビデオ録画し、言語やジェスチャーの仕様を分析した。 ここでは、石垣島での空間に関する言語表現を分析した成果を述べる。石垣島話者の多くが、大きな空間を示すときには絶対的指示枠に基づく言語表現を頻繁に使う。市街地内における空間の位置関係を示すときには、海と陸との方向を「上下」の表現で、その「上下」を横切る方向を「東西」の表現で示していた。一方、移動の際には相対的指示枠に基づく言語表現が使用される。また、島外者に対しては相対的指示枠を使っていた。生活空間、指示対象物の可動性や相手の持つ地元地理の知識が、用いる空間指示枠の選択に影響を与えている。ミクロな視野からの空間認知と言語のかかわりは、先行研究であまり議論されてこなかったが、島め日常の中で空間認知を観察してみると、ある言語で可能な言語表現やある地域での地理・気候・文化・歴史的特徴、島に暮らす人々と他県からの観光客の関係、指示対象物の可動性などがかかわっていると考察された。 さらに、空間指示枠の選択は参与者構造の中から生まれ、参与者の理解度や動向によっては話し手の選択する空間指示枠が変わっていく可能性が高く、それゆえに空間を他人に伝えるという行為がそもそも間主観的であることも明らかになった。言語の指標的機能に注目して空間指示枠の選択を分析してみると、空間指示枠を使うということは単に空間を描写するという命題の表現にとどまらず、ときに地域への帰属を示すグループ標識として、またときに地域の習慣や地理に長けているかどうかといった共同体への溶け込み具合やそこでのアイデンティティ標識として機能していた。今後は、ある空間指示枠の使用が場所や方角を指し示すだけではなく、コンテクスト指標の一環としてとらえ研究していきたい。
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