本研究は、近代における中央アジア諸民族の社会を大きく規定していたロシア・清朝という二つの帝国の存在に注目し、とくに両帝国間の境界線を手掛かりとしながら、集団の移動と帝国の領域との間の相関について明らかにしようとするものである。21年度は、本研究が扱う問題の背景を考察するために、19世紀半ばまでの中央アジアにおける諸民族と露清帝国との関係について、その研究成果を学会報告や論文・著書の形で発表した。内容としては、第一に、ロシアと清朝の中央アジアにおける国境が定まる前段階において、その間に挟まれていたカザフ、クルグズ、コーカンドの各集団が果たしていた役割を貿易の側面から検討した。第二に、清朝が19世紀末にいたるまでカザフの有力者に与えていた爵位の制度について、清朝の辺境統治システムや、ロシアも含む中央アジアの国際関係にも留意しながら分析を行った。第三に、本研究の主題である民族の帰属と関わりの深い文書の交換について、清朝=カザフ間のそれを題材として史料の研究と分析を行ったが、その史料の重要性と学界に与えるインパクトに鑑み、英文により公開した。 翻って、19世紀後半以降の状況については、海外調査を実施できなかったこともあり、以前の調査時に不十分ながらも収集していた史料(とくにカザフスタン国立文書館所蔵史料)を分析する作業を行うにとどまっている。その中では、やはり露清間の国境付近における土地の権利にかかわる紛争・調停についての文書史料に、本研究が考察する民族と境界の関連を示す内容が含まれていることが明らかになりつつある。その点については、21年度の成果(北海道大学スラブ研究センターで行った文献調査の結果も含む)ともあわせて、最終年度でもある次年度に総体的なまとめを行い、より具体的な形で成果を発表することができると考えている。
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