本研究は、ヒトを含む霊長類三種(ニホンザル・チンパンジー・ヒト)のコドモの野外での「物を伴った社会的遊び」において生じる相互行為を観察対象とし、デジタルビデオを利用した微視的な映像分析の手法を用い、多角的な種間比較をすることによって、人類学上未解決の問題の一つである「規則(に従うこと)の起源」に対する仮説の構築を目的とした。 21年度と22年度に合計2カ月余りタンザニアマハレ山塊国立公園で実施したフィールド調査の結果、チンパンジーのコドモはニホンザルのコドモと異なり、単独でも対物遊びをすることが多く、その場合の遊び方は物体の形状に依存し、社会的遊びの場合には、「樹形のもの」が伴われることが多く、遊びの誘いとして利用される場合が多いことが示唆された。チンパンジーのコドモの物を伴った遊び方は、ヒトの子どものそれと類似性が高いようだ。しかし、マハレのチンパンジーのコドモは、二つ以上の物体を組み合わせて遊びに使用することが観察されないことが分かった。マハレのオトナの道具使用行動のレパートリーとして、複数の道具を組み合わせて使用することのないことと関連しているかもしれない。 コドモの遊びにおける物体に対する社会的価値付けが、チンパンジーの方がニホンザルよりも複雑であり、ニホンザルのように一意的に価値が固定することはないようだ。つまりチンパンジーのコドモ同士の遊びの中でも、物体の意味は多義性を持ちうることが示唆される。このような社会的に決定された意味を物体に対して付与し、それに遊びの中で従うことが、「規則」の萌芽的な形態であると考えられる。
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