近年注目が高まっている江戸末期の幕府御用絵師・狩野養信は、古画・古絵巻の模本制作に積極的に取り組み、数多くの模本を残したと知られている。一方、作例は少ないものの、寺社宝物の模本も確認されており、中でも東京国立博物館の所蔵する「高野山学侶宝蔵古器及楽装束図」六巻と「法隆寺什物図」十一巻は、まとまった規模を呈する貴重な作例と言える。本研究では後者の基礎的な調査研究をする。それにより、既に報告書の刊行にまで至っている前者と合わせることで、養信とその一派による寺社宝物模写の概要をまず明らかにできるだろう。資料としてはもちろん、美術作品としても優れた本作品を詳細な調査・研究の上で紹介すれば、養信個人の作家研究や、養信を当主とする幕末の木挽町狩野家研究をはじめ、歴史と美術にまたがる幅広い分野に資すると見込まれる。21年度は「法隆寺什物図」を研究するための基礎データを収集する第一歩として、「法隆寺什物図」および「高野山学侶宝蔵古器及楽装束図」全巻の写真撮影と、「法隆寺什物図」中に見られる墨書を翻刻するのに必要な部分の写真撮影を行った。また、「法隆寺什物図」全巻の調査をし、法量の計測や宝物の特定を行うと同時に、技法(彩色・白描、あるいは拓本など)や描法に注目しながら細部の観察を進めた。そして以上を基に、次年度に予定している具体的な考察へ向けて、一覧表の作成ならびに墨書翻刻を行った。一覧表とは、調査で得た情報、すなわち描かれた宝物名、各宝物が何点の図で構成されているのか、担当した模者名、現存する法隆寺宝物の有無などを整理したものであり、墨書翻刻は、宝物の名前や担当画家、模写年月日、その他の注記を対象としている。両作業ともほぼ終了した。22年度は、これらの成果を大いに活用しつつ、研究を進めることができると考える。
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