平成22年度は、日本の文学翻訳と社会の関連について以下の研究を進めた。 1. 以前に考察を行った明治~昭和の英文学翻訳とそのコンテクストに対して、社会文化的観点からの分析を付与し、翻訳と社会の関連を再検討する。 2. 現在の日本における文学翻訳の状況には、再訳・新訳出版の流行が見られ、出版側の問題や大学・学会との閥係など、翻訳をめぐる様々なコンテクストの存在が浮かび上がっている。この点について、社会文化的観点から検討する。 1については、ブルデューの「場」概念を応用して再検討した。戦後の英文学翻訳場を社会思潮との即応性という観点から論じた英語論文をすでに執筆済みであり、海外の翻訳研究の学術誌に投稿準備中である。また、2011年1月の日本英文学会関東支部シンポジウムでは、明治期の英文学受容に関して、当時の英文学翻訳場がいかに文化・社会の要請と相関性を持っていたかを、当時の翻訳をめぐる多様な言説から再検討した。 2については、現在の外国文学の新訳ブームを取り巻く社会文化的コンテクストの変化(特に翻訳規範構築における場への参加者とその参加内容の変化)を再検討し、現状把握の深化を試みた。2010年8月の学会発表では、翻訳研究の系譜を概観した後、社会学的アプローチを応用した翻訳研究の可能性について、近年の翻訳出版状況との関連から議論した。2010年12月の国際学会では、新訳出版をめぐる場をより具体的に記述して再検討した。これについても、当国際学会をもととする書籍への投稿に向けて、英語論文を現在執筆中である。 以上の研究から.日本の文学翻訳分析を社会文化分析の一端とする有効性を示し、西洋の事象に偏重する傾向を否定できない海外の翻訳研究に対して日本の事象から異なる視座を提供するという本研究の当初目的は、一定程度遂行できたと考えている。
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