本研究では、アルツハイマー病(以下AD)の失書症状にみられる質的特徴を把握するために、書字と他の言語機能との関連、さらに記憶や構成といった認知障害間の関連性を見出し、どのような認知機能障害に伴って書字の障害が出現するのかを横断的、縦断的に検討していく。さらに、ADの書字障害の特徴から、脳損傷患者で得られてきている失書症状との異同について考察し、失書の発現機序について検討していく。欧米語圏で得られている知見とともに日本語に特有な失書の特徴についても検討することで書字のメカニズムを心理学的に解明し、脳機能画像検査データとの相関も用いることにより神経基盤との関連についても考察する。 老年・初老期発症AD群に関して、横断的検討に参加した被験者に書字課題の再評価、その他の認知課題を行ない、縦断的変化についての検討を行なった。今後も継続していく予定である。視覚、構成、記憶、注意といったいくつかの認知機能的側面と失書症状の関わりについて考察し、症例群としての特徴を調べる。 症例検討として、非典型的な老年発症・初老期発症AD例の2症例について失書症状についてさまざまな検査を施行し今後も続けていく。これらの症例は漢字が思い出せず、字形想起困難が強い症例と漢字の形態はかなり想起可能ではあるものの構成障害が強い症例である。これら2例には他の症例とは異なり、軽症であるにもかかわらず形態的な錯書が多くみられた。この錯書と漢字の形態的処理障害、記憶障害、構成障害、書字運動覚の障害などとの関連から症例間の違い、他の症例との違いについて検討をおこなっているところである。どのような認知機能障害が書字に影響をもたらしているのかについて考察を進め、書字障害の特徴、経時的な変化についてもまとめる。研究の遂行に当たっては十分に配慮するとともに被験者の同意書を徴し、プライバシーを厳重に保護して研究を進めていく。
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