本研究は、抗うつ薬の臨床試験を事例として、医薬品規制に関する政府・企業・専門職団体の相互作用を明らかにすることを通じて、新たな医薬品規制システムのモデル構築を行うことを目的としている。今年度は、1)イギリスの科学社会学者J.Abrahamが展開した「規制の虜(regulatory capture)」論を中心とする医薬品規制に関する先行研究のレビューを行うともに、2)日本において論争となった抗うつ薬の臨床試験の事例検討を開始した。 1)については、医薬品規制に関する広範な先行研究のレビュー(医療社会学、医療人類学、生命倫理学、規制の経済学、科学論など)と、それを踏まえた事例の分析枠組みの構築を試みた。特に本研究では、イギリスの科学社会学者J.Abrahamが規制の経済学から導入した「規制の虜」概念に着目し、その理論的彫琢を行った。また、この作業を通じて、従来の社会科学においては、国家による規制は本来的には不要なものと想定されており、望ましい規制のあり方についての議論は十分に行われていないことが明らかになった。 2)については、2006年に日本で発売された抗うつ薬の臨床試験について、関連する資料の網羅的な収集を行い、事例の分析を開始した。本事例は日本で初めての精神医学領域におけるプラセボ対照試験であるとともに、承認後に製薬企業の配布した冊子の記載をめぐって専門職団体が抗議運動を展開するなど、社会的にも注目されたが、その詳細はまだ明らかになっていない。事例の分析に当たっては、あわせて日本の精神医学史および同分野における医薬品開発の社会的文化的文脈についても検討を行い、その結果、事例の背景には日本の精神医学におけるプラセボ批判の伝統があることが明らかになった。次年度は以上の知見を踏まえて、事例分析および理論研究の成果に関して、学会報告を行ったうえで学術論文として公刊する予定である。
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