移動行動の制御には、視覚運動パタンを検出、認識する機能、すなわち運動視が重要な役割を果たす。本研究では受動的な移動事態下における運動視機能の変容について実験心理学的検討を行った。車いすとヘッドマウントディスプレイ(HMD)、パーソナルコンピュータを主な構成機器とした実験装置を構築し、HMDを装着した観察者が搭乗した車いすを前後動させることによって、観察に受動的な移動経験とそれに応じた視覚運動パタンを提示した。実験の結果、車いすの前後動とHMDに提示される視運動パタンの対応関係が自然な状況では、それらの関係が不自然な状況よりも視運動パタンの検出感度が低くなることが見出された。またこうした視運動感度の抑制は、前後方向の移動時に典型的に生じるような放射状の視運動パタンで顕著であったが、そうした状況における非典型パタンである並進運動では感度抑制の効果は極めて限定的であった。さらに、観察された視運動感度の抑制傾向は個人差が非常に大きいことも示唆された。これらの結果は、視覚系には移動行動中に、その移動方向と関連の強い視運動パタンを抑制するようなメカニズムが存在すること、そして、そうしたメカニズムは経験による影響を強く受ける可能を示すものである。また、こうした結果を受け、生後12力月程度までの乳児を対象に、視運動感度の発達と、移動行動の獲得との間に体系的な相互作用が存在するか否かを実験的に検討したところ、移動行動の獲得と前後して、異なった視運動パタンに対する感度間の差がより顕著になる傾向が得られた。これらの結果は、特定万同への移動行動とそれに伴って生じる典型的な視運動パタンとの間には抑制的な相互作用が存在し、またそうした相互作用は、日常場面における移動行動の経験を通して獲得されるような機能である可能性を示すものであるといえる。
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