研究概要 |
平成21年度は,感情機能にかかわる多様な指標(表情認識,感情経験,感情的注意,感情的記憶,意思決定など)について,感情のエイジングの検討に適した実験プロトコールを作成することを主要な目的とした。この目的を達成する一環として,「金銭の貸し借り」という現実の社会的交流を模した状況で感情的記憶と意思決定を測定する「借金ゲーム」という独自の課題を作成した。そして,若齢者を対象とした実験をおこない,顔つきが信頼できそうに見える悪い貸し手(借金に対して高金利を要求する貸し手)は顔つきが信頼できなさそうに見える悪い貸し手よりも正確に記憶されるという「『羊の皮をかぶった狼』に対する記憶の促進」を見出した。これは,加齢という文脈にとどまらず,一般に認知社会心理学的に非常に面白い現象であり,現在論文が査読中である。また,加齢に伴い不快感情の記憶が低下するか否かはまだ議論が多いが,借金ゲームにおいて悪い貸し手に対する記憶が加齢に伴い低下するか否かを調べることで,この議論を実証的に検討することができる。さらに,もし悪い貸し手に対する記憶の低下がみられた場合は,高齢者の詐欺に対する脆弱性との関連が疑われるため,今後の犯罪被害予防研究への応用も期待できる。前記の研究と並行して,さまざまな研究機関の研究者と精力的に共同研究をおこなった。たとえば,イリノイ大学のJoshua O.Goh研究員とテキサス大学のDenise C.Park教授との共同研究では,顔を識別する実験課題を遂行している間の若齢者と高齢者の脳活動を機能的磁気共鳴画像法で測定し,世代間の比較をおこなった。そして,加齢に伴う顔識別能力の低下が紡錘状回と呼ばれる脳領域の機能低下と密接に関連していることを明らかにした。この成果はすでにNeuroimageで誌上発表されている。
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