本研究の目的は、福祉国家再編期の重要なキーワードとなった「ワークフェア」をめぐる政治過程の分析を通じて、政権交代を契機とする制度改革のダイナミズムを明らかにすることであった。研究の対象は、改革能力の是非について論争がなされてきたブレア党首時代(1994-2007年)のイギリスの労働党とし、近年公開された同党の党内文書や関係者のインタヴューを資料として用いた。なおここでいうワークフェアとは、失業手当などの公的給付の受給要件を厳格化することで強制的に就労をもとめる政策をいう。これに対置されるのがアクティヴェーションであり、各種の公的支援によって労働市場に参入するさいの機会の平等を目指す政策をいう。 近年の研究では、1990年代以降の先進諸国の福祉国家改革には多様性があることが示され、そうした政策上の差異を生む主たる要因として、国内の政治制度と福祉国家の経路依存性が指摘されてきた。しかし、そこではナショナルな構造がもたらす分岐は説明され得るとしても、政党という主体によってもたらされる改革のダイナミズムは必ずしも明らかにされてこなかったといえよう。 本研究では、労働党政権下の福祉政策は、アメリカ型のワークフェアに傾斜しつつも、それを補完するアクティヴェーションを組み込んでおり、それは既存の制度とは区別される改革であったことを確認した。本研究の意義は、政権交代後に政党が改革能力を発揮するためには、制度がもたらす制約のなかで裁量の余地の最大化する条件が備わっていることが必要であるとし、その条件として、党の組織構造をはじめとした党内要因がきわめて重要であることを実証的に明らかにしたことにある。本研究の成果は、2009年の歴史的な政権交代後、政治的停滞が指摘されもする日本において、福祉再編の政治を比較検討するうえで有益な材料を提供するものと考える。
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