本研究の目的は、β型パイロクロア酸化物KOs206で見られた新奇な相転移の機構を明らかにすることである。平成21年度は、まず、相転移前後での構造の変化を詳細に調べるために、良質なKOs206試料を用いて、中性子粉末回折実験を行った。測定は、英国のラザフォードアップルトン研究所に設置された高分解能中性子粉末回折装置HFBSを用いて行った。HFBSは現在稼動している共同利用装置の中で、最も高分解能の中性子粉末回折実験が行える装置である。その結果、相転移前後で結晶構造が変化しない同形転移であることが明らかとなった。また、相転移温度以下で、格子定数の増大、K原子の原子変位パラメーターの増加、が観測された。K原子はOsと酸素で形成されたカゴの中に配置しており、これらの結果は、カゴの中のK原子密度の空間的広がりが相転移前後で変化したことを示唆している。これまでに報告されている同形転移で最も有名なものは気体-液体転移である。電子系では希土類の価数揺動転移、V_2O_3のモット転移などが知られている。固体の構造にのみに起因する同形転移は殆ど報告がなく、対称性の極めて高い立方晶のKOs206において同形転移が観測されたことは非常に興味深い。この同形転移は、ラットリング状態と密接に関連していると考えられる。ラットリング状態を調べるために、東京大学物性研究所が所有する高分解能パルス冷中性子分光器AGNESや米国の国立標準技術研究所に設置された後方散乱装置HFBSなどを用いて、予備的な実験を行った。現在のところ、K原子のオフセンター間のジャンプ運動や、トンネリング示唆する結果は得られていない。今後、さらに詳しく調べる予定である。
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