本研究の目的は、高度な秩序構造と機能を有する分子システムの集団運動の仕組みを、非線形力学と幾何学の手法を用いて根本から解明することにある。本年度は、この目標に向けて、筆者等がこれまでに開発してきた幾何学的なモード解析法(超球モード解析)を用いて、原子クラスターや水クラスターの集団運動、オゾンの解離反応、DNAの折り畳みといった多様な分子システムの集団運動を解析し、そのメカニズムを探った。 本年度はまず、上述の超球モード解析を原子クラスターおよび水クラスターの構造変化の集団運動に適用し、系内のエネルギー移動過程と運動の時間スケールの観点から、系の集団運動を実質的に支配する少数の集団変数(反応モード)を特定した。さらに、集団変数の運動から低次元に縮約された相空間を構築し、系の集団運動の非平衡性を特徴づけることに成功した。また、この知見をもとにして、系の非平衡速度過程を説明する新たな反応速度理論の原型を築いた。 また今年度は、もう一つの重要な反応として、オゾンの解離反応を取り上げ、上述の超球モード解析を適用した。本解析では、特に角運動量(回転)の効果に焦点を合わせた。その結果、オゾンの回転モードから振動モードにエネルギーが移動することによって、解離反応が促進されることを定量化することに成功した。 本研究ではさらに、興味深い階層性システムとして生物のDNAを取り上げ、その折り畳み運動について上述の超球モード解析を適用した。その結果、DNAの回転半径と慣性主軸が、DNAの折り畳み運動を支配する重要な集団変数であることを明らかにした。現在は、これらの集団変数の相空間構造を解析し、DNAの折り畳みに関する速度論を構築する研究を続けている。
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