ポリケチド生合成経路由来の生理活性化合物には、多環式芳香族骨格の完成後に脱芳香化を伴う酸化が進むことにより、きわめて複雑な多環式構造に至ったものがある。テトラサイクリンに代表されるように、この特異な構造に抗菌、抗腫瘍、抗ウイルス活性などの重要な生理活性の起源があることも多いため、これらは格好の標的化合物として合成化学者の興味を惹いてきた。これらの合成におけるポイントは、合成中間体も含め、非芳香族部分を脱水芳香化させないように複雑な多環構造を構築することにある。 本年度は、核間プレニル基を有する多環式海洋天然物セラガキノンAの全合成研究に取り組んだ。セラガキノンAは、沖縄県瀬良垣の紅藻類と共生する真菌K063により産生されるアントラサイクリン系抗生物質であり、その構造上の特徴として、(i)直列に縮環した4つの炭素環にテトラヒドロフラン環が融着した5環性骨格、(ii)多くの酸素官能基、(ii)核間位に結合したプレニル基、が特筆される。検討の結果、改良型トリアゾリウム塩触媒を用いる不斉ベンゾイン環化反応ならびにピナコール転位反応を鍵反応とする、セラガキノンAのエナンチオマーの不斉全合成を達成し、不明であった絶対立体配置を決定した。 本研究で得られた知見は、部分的に脱芳香化された多環骨格を構造モチーフとするBE-43472Bやヒポミセチン、テトラサイクリンなど、他の芳香族ポリケチドの合成にも広く援用されることが期待される。
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