ポリケチド生合成経路由来の生理活性化合物には、多環式芳香族骨格の完成後に脱芳香化を伴う酸化が進むことにより、きわめて複雑な多環式構造に至ったものがある。テトラサイクリンに代表されるように、この特異な構造に抗菌、抗腫瘍、抗ウイルス活性などの重要な生理活性の起源があることも多いため、これらは格好の標的化合物として合成化学者の興味を惹いてきた。 本年度は、ビスアントラキノン型抗生物質BE-43472Bの合成研究に取り組んだ。BE-43472Bはカリブ海のホヤに寄生する放線菌の培養液から単離された抗生物質であり、メシチリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などの多剤耐性菌に対して強力な殺菌活性を示す。さらに、ヒト腫瘍細胞に対する強い増殖阻害活性も示すことから、医薬の分野で注目されている。その構造上の特徴は、(i)テトラヒドロフラン環を含む特異な8環性骨格、(ii)多くの酸素官能基、(ii)5つの連続する不斉中心、である。種々検討した結果、1)ベンゾニトリルオキシドを活用した多環骨格の構築法、2)アゾリウム塩触媒を用いるベンゾイン環化反応、3)ピナコール転位反応を鍵反応とする核間ナフチル基の導入、4)エノールエーテルの立体選択的還元反応によるテトラヒドロフラン環の構築、をそれぞれ活用し、BE-43472Bの全炭素骨格の構築を達成した。 本研究で得られた知見は、より強力な活性を示す類縁体の合成など、ビスアントラキノン型芳香族ポリケチドの汎用的合成法の確立へと展開されるものと期待される。
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