本年度は、コレステロールが膜のダイナミクスに与える影響を考察することを目的とし、(1)コレステロールを可溶化する界面活性剤の探索、(2)コレステロールを特異的に可溶化させる糖型界面活性剤の親水基周囲の水和ダイナミクス、(3)膜中の疎水性溶質の回転運動に対するコレステロール濃度効果の検討、の研究を実施した。生体膜中のコレステロールの運動性は、動脈硬化等の疾病との関連から重要である。NMRは、原子サイトを識別して分子運動を観測できる強力な分光法であるが、コレステロールを含む脂質膜では、分子の運動性の低下による深刻なNMR信号の広幅化が起こる。そこで、コレステロールを可溶化する界面活性剤を利用した、脂質膜を模した実験系の探索を行った。52種の界面活性剤についての検討の結果、糖型界面活性剤であるオクチルグルコシドが、コレステロールを特異的に可溶化することを発見した。可溶化・自己組織化には、水の役割が重要である。そこで、オクチルグルコシドのミセル近傍の水の運動性を考察した。NMR緩和測定により、水分子の回転運動は、室温付近では水和殻内において減速するが、温度上昇に伴い水和殻内もバルクと同様となることを見出した。MD計算の結果も、実験に一致した温度効果を示した。コレステロールによる分子の運動性の低下は、近年の種々の実験・計算により明らかにされつつあるが、分子運動の相関時間をコレステロール濃度の関数として明らかにした研究例はほとんどない。本研究では、疎水性溶質のモデルとしてベンゼンを用い、回転相関時間をコレステロール濃度の関数として決定した。コレステロールの濃度増加に伴い、ベンゼンの回転相関時間の急激な増加を見出した。これは、コレステロールの溶質の回転運動を鈍化させる効果が高濃度領域で特に大きくなる、またはベンゼン近傍の脂質の組成比に偏りがある、といった可能性を示唆する。
|