本研究は、都市近郊二次林での遷移に伴う生物間相互作用の変化や光環境などの非生物的要因の変化に着目し、そうした環境変化が、森林の構成種の中で重要な位置を占めるブナ科樹木の分散にどのような影響を及ぼすのか明らかにすることを目的としている。ブナ科樹木は、種子の生産や散布に動物の行動が関わっているため、種子と動物間の相互作用が分散距離や範囲に大きく影響していると考えられる。平成22年度は、この種子生産・散布と動物との相互作用に特に着目して調査を行った。得られた研究成果は以下の通りである。 1. 調査地の主要構成種であるブナ科樹木、コジイ、アラカシ、コナラ、アベマキの平成22年度の落下種子は、未熟あるいは未熟でかつ虫害をうけたものが多く、成熟した健全種子は殆ど見られなかった。アベマキは鱗翅目による食害を受けた種子が多かったが、コジイ、アラカシ、コナラに関しては、ハイイロチョッキリによる吸汁を受けたものが多かった。この傾向は林分の遷移段階によっても異ならず、本調査地においてハイイロチョッキリの動態がブナ科樹木の分散初期過程に大きく関わっていることが明らかとなった。 2. 本調査地の極相種であるコジイ種子の分散過程を調べるため、コジイ種子をおいた餌箱の前に自動撮影装置を設けたところ、主にアカネズミによって貯食・捕食されていることが明らかとなった。アカネズミの生育個体密度は遷移段階の異なる落葉広葉樹林、コジイ優占林で大きな違いはなかったが、その行動は異なっていた。コジイ優占林では種子が貯食されるものの殆どが3日以内に捕食されていたのに対し、落葉広葉樹林ではコケ下に貯食されそのほとんどが貯食されたままで残っていた。まき出しによるコジイ種子の発芽は、コジイ優占林で有意に高く、地表に置かれたものでも発芽していた。一方、落葉広葉樹林での実生や稚樹の分布はコケ上にかたよってみられた。以上より、都市近郊林の本調査地において、アカネズミの貯食行動がブナ科樹木の分散および遷移の進行に大きく関わっていることが明らかとなった。
|