従来、非特異的生体防御機構として捉えられていた自然免疫系は、獲得免疫系とは異なり、「適応能」を持たないと考えられてきた。しかし近年の研究により、自然免疫系のみを有する生物種においても特定の感染刺激/環境ストレスを「記憶」し、適応していると考えられる現象が観察されている。これらの分子機構の解明は、生物が元来有する生体防御能を利用した医薬・農水産業/病虫害対策への応用と生態系保全の両立を可能にする新たな知識創出に繋がると考えられる。本研究では、比較的シンプル且つ高等生物種間でよく保存された自然免疫系を持つショウジョウバエをモデル生物として解析を進めることで、自然免疫系における「記憶」の実態に迫り、生体防御戦略上、進化的に保存されていると予想される分子基盤の迅速な発見と理解を目指している。まず、自然免疫系における記憶の実態を検証する。一次感染刺激を記憶し、細胞分裂、さらには世代を超えてその記憶が維持されることで、二次刺激に対する応答パターンが変化すると考えられる遺伝子群を網羅的に探索する。平成21年度はショウジョウバエ血球由来培養細胞を利用した発現プロファイリング解析による感染刺激応答「記憶」の標的探索を試みた。しかし、細胞継代前の感染刺激が継代後の培養に持込まれることによる影響等もあり、有為な発現パターン変化を示す遺伝子群の検出には至っていない。そこで、感染応答を世代毎に区別して観察することが可能であるショウジョウバエ個体での解析を行う準備を既に開始している。これまでの予備実験の結果、感染刺激を与えた個体群と、感染刺激を与えない対照群において次世代以降での感染抵抗性に統計的有為差が観察されるケースもあり非常に興味深い。今後、発現プロファイリングを比較解析することで、これらの表現系を説明しうる結果が得られることが期待される。
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