口腔内消化は味覚の感知や上部消化管への栄養素供給を介して、様々な生体応答を引き起こすが、甘味の感知が糖代謝制御に果たす役割は不明である。我々は、健常日本人男性を対象に試験食を用いて、食後のGLP-1分泌動態とアカルボースのGLP-1分泌への効果を検討した。その結果、インスリン分泌は血糖上昇に先行するが、GLP-1分泌は血糖上昇と同期して生じることが明らかになった。これらの結果から、インスリン分泌には神経性の制御も寄与するが、GLP-1分泌には腸内の栄養素の直接刺激が必要であると考えられた。食物中の澱粉は強力なインクレチン分泌刺激であるが、口腔内での炭水化物の感知にはアミラーゼによる低分子量分子への消化が不可欠である。そこで、本研究では、炭水化物の加水分解を阻害するαグルコシダーゼ阻害剤であるアカルボースを前投与し、腸管での二糖類や多糖類のグルコースなどの単糖類への加水分解を予防した状態で、正常健常人にテストミールを摂食させ、血中のGLP-1とインスリンの濃度を詳細に検討することにより、摂食後のGLP-1分泌と口腔内消化の関係を解析した。その結果、グルコバイは食後のGLP-1分泌を長時間持続させた。さらに、テストミールとして加えた50g蔗糖を、5gに減じた場合と、同じ甘さの甘味料で置換した場合の血中のGLP-1とインスリンの濃度を詳細に検討することにより、甘味の感知とGLP-1分泌の関係を解析した。すると、蔗糖を減じるとGLP-1分泌は減弱し、甘味料の添加でGLP-1分泌は増加しなかった。このことから、口腔内での甘味受容体での甘味の感知よりも、むしろ消化管内に栄養素が存在することがGLP-1分泌には必要であり、口腔内消化が味覚の感知というよりは、「上部消化管でのGLP-1分泌促進を増強」という機序で、糖代謝制御作用を有することが示唆された。
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