本研究の目的は舌全摘症例に対する効果的なPAP(本課題では構音補助アプライアンスと呼ぶ)の形態を導き出すことである。従来のPAPの形態は残存舌の機能印象を基に形成される場合がほとんどであるが、舌全摘症例については残存舌の運動が全くないため、術者が試行錯誤を繰り返しながら形態を決定しているのが現状である。実際、舌全摘症例に対するPAPの作製方法について詳細に記述した報告はみられない。また、舌全摘症例に対して複数のPAP形態を適応し、形態の違いと構音障害の改善効果について比較した報告はない。 前年度、舌の運動障害による構音障害モデルを対象に、有効と考えられる3パターンの構音補助アプライアンスの形態を導いた。 構音補助アプライアンスA:固有口腔全体を埋めるようなbulkyなもの。高さは口腔底にかろうじて接触しない位置に設定した。高さの設定はPIPを用いて豊隆部基底面と口底の接触面積を調整した。 構音補助アプライアンスB:構音補助アプライアンスAを基本形態とし、両側側面を削除したもの。 構音補助アプライアンスC:構音補助アプライアンスAを基本形態とし、その高さを削除したもの。 本年度は上記3パターンを舌全摘症例1例に適応した。 単音節明瞭度はPAP未装着時が34.1、旧PAP(従来法により作製したもの)が31.1、構音補助アプライアンスAが45.5、構音補助アプライアンスBが38.1、構音補助アプライアンスCが48.3であった。会話明瞭度はPAP未装着時が81.6、旧PAPが77.5、構音補助アプライアンスAが92.5、構音補助アプライアンスBが102.2、構音補助アプライアンスCが106.1であった。 構音補助アプライアンスAとBは、旧PAPに比べ明瞭度は高かったが、30分ほど会話を行うと明瞭度の低下と装着時の不快感が生じた。これは口底と豊隆部基底麺との間に貯留した唾液が泡立つことで生じていた。高さを口底付近に設定することは発音時の狭めをつくる上で有利だと考えられるが、長時間使用の観点からは適した形態ではなかった。構音補助アプライアンスAから高さを減じたCは明瞭度と装着感ともにAより優れていた。 舌全摘症例に対して、従来型PAPと3種類の構音補助アプライアンスの構音改善効果について比較した。その結果、固有口腔を大きく埋めるbulkyな形態で高さをやや削除したものが最も明瞭度が高かった。高さの削除量は、唾液のbubblingを起こさない程度とすることが指標となる可能性がある。
|