近年、歯周病は血管機能低下を介してその影響を全身に波及するという臨床的エビデンスが報告され、歯周病原細菌が血管内皮細胞あるいは歯周組織に及ぼす影響について理解を深めることは重要な課題であると考えられている。本研究計画では、毛細血管様構造を呈する血管内皮細胞や歯周組織由来の細胞が歯周病原細菌の感染に対してどのような応答を示すのかを究明することを目的とし、本年度は歯周病原細菌Porphyromonas gingivalis(Pg)の歯周組織由来細胞に対する感染性と影響を調べることを目的とした。 ヒト歯肉線維芽細胞(HGF)にPgを感染させたところ、Pg感染に対する炎症性サイトカイン産生は認めなかった。一方、熱処理を加えたPgを作用させた場合、サイトカイン産生を認めた。Pg菌体から精製したLPS、lipidAや線毛もサイトカイン産生やMAP kinaseの活性化を誘導したことから、熱によって殺傷されたPgから放出した構成成分がHGFを活性化したと推測された。そこで歯肉溝の主要な抗菌ペプチドであるLL-37に着目し、生理的な取殺傷を目的としてLL-37の存在下でPgをHGFに感染させたところ、予想外にHGFの応答に変化は認めなかった。一方、Pg死菌や構成成分に対するHGFの応答はLL-37によって抑制された。 本年度の研究より、Pg感染が歯周組織細胞に与える影響やLL-37の役割が明らかになった。HGFは細菌感染に対する炎症応答を終息する能力が欠如していることが報告されているため、LL-37はHGFのPg死菌に対する炎症応答の鎮静化に重要な役割を果たすことが考えられた。一方、Pg感染はLL-37の存在下においてもHGFの応答を惹起しなかったことから、LL-37はPgの殺傷能力を欠如しており、歯周組織に存在する他の因子によって殺傷された場合に細胞活性化を誘導することが示唆された。あるいは、Pg生菌は歯周組織細胞を活性化せず、免疫機構を回避して組織中で潜伏し続ける可能性も示唆された。 次年度ではこれらの知見を発展させるとともに、血管内皮細胞におけるPgの影響について検討する予定である。
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