高度情報化社会を支える電子デバイスは、電子のもつ電荷自由度の制御によって、情報の処理を行っている。さらなる高速化や大容量化、集積化には、半導体微細加工技術の進展だけでなく、新規概念に基づくデバイスの設計が必要である。本研究課題では、電子波動関数がもつトポロジカル(位相幾何学的)な性質に着目し、ナノスケール領域で顕著になる新しい物理現象を見出すことで、新機能デバイスの理論設計を目的として研究を行なった。 トポロジカル絶縁体は、通常の絶縁体と同様にバルクバンドギャップを持つが、ギャップのない導電性のエッジや表面状態を持ち、電子のスピン流が物質のエッジや表面に沿ってのみ伝播するという特異な性質をもつ。これらの状態は、バルクの電子波動関数が非自明なトポロジカル量をもつ場合にのみ出現する。そのため、トポロジカルに保護された状態と呼ばれ、表面ラフネスや不純物の散乱などに影響を受けにくい性質を有し、量子計算や超低消費電力の電子デバイスへの応用が期待されている。 Patra氏は、トポロジカル絶縁体の電子状態を記述する理論の模型の一つであるAubry-Andre-Harper(AAH)モデルについて着目し、その電子構造とスピン軌道相互作用の効果を探究した。AAHモデルは、格子の周期とは整合しない電子ポテンシャルを有する理論模型であり、準結晶の電子状態を記述する模型として知られている。しかし近年、AAHモデルは、原子物理学やフォトニックスの分野で、人工次元を記述するモデルとして、注目を浴びている。 Patra氏は、AAH模型にスピン軌道相互作用を取り込むことで、そのトポロジカル性質の特定、さらには、金属・絶縁体転移の特性を理論数値的に調べた。特に、この系においてスピン偏極電流が生成できることを見出した。今後考察をさらに進め、スピントロニクス応用への展開を行なう。
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