研究課題/領域番号 |
21H01040
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
大道 英二 神戸大学, 理学研究科, 准教授 (00323634)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 電子スピン共鳴 / テラヘルツ波 / 整数スピン |
研究実績の概要 |
本研究では、テラヘルツ領域における時間分解電子スピン共鳴(Time-resolved ESR)測定を可能にし、光触媒反応や金属タンパク質酵素反応における整数スピン(S=1,2..)反応中間体の果たす役割を微視的な観点から解明する。特に、ゼロ磁場分裂と呼ばれるエネルギーギャップ(数十 ~数百GHz)を持つような遷移金属イオン(Fe(III)やNi(II))では市販のXバンド帯ESR装置による信号検出がエネルギー的に不可能である。 本研究ではこの目的のため、透過型テラヘルツESR測定系にナノ秒パルスレーザーと高速検出器を組み合わせた測定系を新たに構築する。透過型ESR測定は感度的には不利な半面、時間分解能の制限が少なく、また、多周波数測定による分光的測定が可能になる。本研究では光学窓付き超伝導磁石に対し、高出力光源である逓倍増幅器と高速応答が可能なFMBダイオード検出器を組み合わせることでテラヘルツ領域における時間分解ESR測定を可能にする。これまでに10Tまでの磁場範囲と700 GHzまでの周波数範囲で連続テラヘルツ波を用いたESR測定が可能になった。また、時間分解ESR測定に必要となるNd:YAGレーザーならびに高速検出器の動作確認を行い、光学系の設計を行った。 今後は構築したESR測定系に対し、Nd:YAGレーザーによるナノ秒光励起を行うことで短時間生成する反応中間体の検出を行う。測定対象としてFe(III)やMn(III)を含むポルフィリンダイマー分子の光解離過程などに今後取り組むことを検討している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本課題では、既設の4面光学窓付きスプリット型超伝導磁石をベースに装置開発を行う計画である。連続テラヘルツ波をテフロンレンズにより集光し、ダイヤモンド窓を通して磁場中心におかれた試料に照射する。試料を透過し、クライオスタットの反対側の窓から透過してくるテラヘルツ光を再びレンズ により集光し、検出器で検出する。これまでにテラヘルツ光源として、ガン発振器やフォトミキシング光源を用いて透過配置におけるテラヘルツ電子スピン共鳴(ESR)測定系の構築を行った。その結果、10 Tまでの磁場範囲で80-700 GHzの周波数領域において、連続テラヘルツ波ESR分光測定が可能になった。しかし、年度途中で実験装置が設置されている建物が全面改修となり、実験の中断を余儀なくされた。そのため、改修中は測定に用いる個々の実験装置の立ち上げを行うにとどまり、計画していた時間分解ESR測定までには到達することができなかった。 パルス的に試料を光励起するために必要となるナノ秒レーザー(Nd:YAGレーザー)については予定通り納入された。実際の測定で使用する532 nmの2逓倍波でのレーザー発振を確認し、光学系の設計を行った。また、短時間に生成される反応中間体の時間発展ダイナミクスを記録するために必要な高速FMBダイオード(Ferimi-level ma naged barrier diode)検出器と呼ばれる検出器の立ち上げも行った。この検出器は40 GHzという周波数帯域と10 pW/Hz1/2という高い感度を両立しており、実際に使用通りの性能を満たしていることを確認した 。
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今後の研究の推進方策 |
時間分解ESR測定を行うためには、印加磁場を固定した状態でパルスレーザーを照射し、それに伴う透過光強度の変化をFMBダイオード検出器で追跡する。感度を向上させるため、パルスレーザーの繰返し周期と同期して過渡信号の積算を行い、信号雑音比を向上する。1つの磁場で時間発展データを取得すると次の磁場値にステップして同様の手順で時間発展を取得する。自動計測プログラムを用いて所望する磁場範囲を掃引し、時間分解ESRスペクトルを取得する。 Xバンドの時間分解ESR測定では空洞共振器を用いているため共振器のQ値をあまり下げることができず時間分解能としては通常1-10 マイクロ秒程度である。一方、本課題では共振器を用いていないため原理的には高速サンプリングオシロスコープを使用することで100 ns以下の高い時間分解能を実現することが可能である。また、多周波数光源を用いた分光的な時間分解ESR測定が可能であり、時間分解能とエネルギー分解能の両方を有したESR測定系が構築できる。共振器を用いていないことにより測定感度的には不利になるが、本研究では信号が弱い場合にはテラヘルツ光源として逓倍増幅器と呼ばれる高出力光源を用いる。この光源では94 GHzで1 W、188 GHzで200 mWの出力 が可能であり、スピン系の強励起による信号増大を目指す。また、Nd:YAGレーザーでは532 nmの固定周波数発振であるが、光パラメトリック発振器(OPO)と呼ばれる装置を導入することにより励起波長を広い範囲で変えることができる。そのため、試料に含まれる特定の信号種のみを選択的に励起することが可能になる。
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