テラヘルツ領域における時間分解電子スピン共鳴(ESR)測定法の確立に向け、ナノ秒パルスレーザーとテラヘルツ波を組み合わせた測定系の構築を進めた。 パルス幅が約10 nsのNd:YAGレーザーを用いて測定対象となるスピン系を励起し、その過程で生成する反応中間体のスピン状態をテラヘルツ光学系により高速検出する。前年度構築したパルスレーザー光学系と光学窓付き超伝導磁石を組み合わせることで低温環境下における光照射を可能にした。当初、テラヘルツ波検出用に導入を検討していたFMBダイオード検出器はパルス入力に対し、振動的な応答を示すことから時間分解測定には使用できないことが分かった。そのため、研究室に既設のショットキーダイオード検出器を用いて測定系を構築した。ショットキーダイオード検出器は入力パルス波形に追随した信号出力が得られたことから、FMBダイオード検出よりも時間分解測定に適していることが分かった。 本研究では、測定対象として鉄-アミロイドβ複合体に着目した。アルツハイマー病の原因物質に考えられているアミロイドβは脳内で2価状態のFeイオン(Fe(II))と結合し、活性酸素種を生成している可能性が指摘されている。しかし、Fe(II)状態は整数スピン状態(S=2)を取っており、その結合状態は未だ明らかになっていない。そこでFe(II)とアミロイドβの結合状態を時間分解ESR測定から明らかにするため、試料調製法ならびにXバンドESR測定法により試料評価を行った。その結果、鉄イオンがアミロイドβと結合している状態では整数スピン状態を取っていることが示唆されるESR測定結果が得られた。今後は、この系に対し低温下で時間分解ESR測定を行っていくことを計画している。
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