研究課題
プラズマ活性乳酸リンゲル液(PAL)の8倍希釈液、16倍希釈液、32倍希釈液をグリオブラストーマ培養細胞に2時間投与し、更に2時間培養液で培養した細胞のtotal RNAを精製して作製したcDNAに対するマイクロアレイ解析により網羅的な遺伝子発現解析を行った。その結果8倍希釈、16倍希釈、32倍希釈のPALで、コントロールの未照射Lactecに比べ、2倍以上遺伝子発現量が上昇する遺伝子は、それぞれ88遺伝子、40遺伝子、22遺伝子同定され、2倍以上遺伝子発現が下降する遺伝子は、それぞれ276遺伝子、96遺伝子、0遺伝子同定された。8倍希釈や16倍希釈のPALではグリオブラストーマは細胞死を誘導することが分かっており、PALによる細胞死の細胞内機構に関わる遺伝子発現の変化が起きたと考えられる。8倍希釈のPALと16倍希釈のPALで遺伝子発現量が2倍上昇するものは共通の遺伝子が多く、34遺伝子が両方のPALに対して遺伝子発現が2倍以上上昇した。また、それらの遺伝子として、ヒストン遺伝子群が多く同定された。ヒストン遺伝子は染色体の構成因子で、アセチル化やリシンのメチル化などを通じてエピジェネティックな遺伝子発現の制御を行っていることが知られている。また、ヒストン遺伝子は染色体が新しく形成されるS期のみに遺伝子発現が上昇することも知られていることから、PALが細胞周期をS期でアレストすることにより、ヒストン遺伝子が上昇したと考えることもできる。その仮説を確かめるため、フローサイトメトリーを用いて、PAL処理したグリオブラストーマ細胞の細胞周期解析を行ったところ、PALは確かにS期やG2/M期で細胞周期をアレストしていることが分かった。
1: 当初の計画以上に進展している
我々は以前マイクロアレイ解析を用いた網羅的な遺伝子発現解析により、PAMがグリオブラストーマ細胞に対してGADD45シグナル伝達ネットワークを活性化し、酸化ストレスに依存した細胞死を誘導することを、今回、新たにPAL処理したグリオブラストーマ細胞のマイクロアレイ解析により、様々な遺伝子発現の変化を見出した。PAM処理したグリオブラストーマ細胞では細胞内に活性酸素種を多く誘導するのに対し、PAL処理したグリオブラストーマ細胞では細胞内の活性酸素種の誘導が少ないことが分かっていたが、事実、PAL処理したグリオブラストーマ細胞のマイクロアレイ解析により酸化ストレス応答に関する遺伝子群は同定されなかった。一方で、PAL処理されたグリオブラストーマ細胞では、ヒストン遺伝子の発現上昇が見られた。以上の実験結果はPAMとPALによる細胞死の細胞内分子機構の違いを明らかにする上で重要な知見であり、当初の計画以上に進展していると言える。また、今年度、米国やドイツなどでプラズマ医療分野の第一線で活躍している研究者と共同でCancers誌へプラズマ活性溶液に関する国際共著review論文を公表したり、世界中のプラズマ生命科学研究者と共同でプラズマ生命科学のロードマップに関する国際共著論文を作成したりと、本分野における我々のプレゼンスを世界にアピールすることが当初の計画以上に進展していると言える。
今年度の研究成果として、PAL処理したグリオブラストーマ細胞において様々なヒストン遺伝子の発現量が増大することが分かったが、その他の遺伝子発現の上昇も見られることから、引き続きその他の遺伝子の発現上昇の意義についても考え、フォローアップ実験を行う。LC-MS/MSやNMRを用いたPALの成分解析も進められており、PALの成分の中で、過酸化水素や亜硝酸イオンなど活性酸素窒素種以外にも乳酸ナトリウムとプラズマとの反応生成物もいくつか同定されており、これらの物質が遺伝子発現などにどのような影響を与えるのかを調べることにより、統一的な細胞内分子機構の解明を目指す。また、細胞内の反応機構は、代謝ネットワーク、シグナル伝達ネットワーク、遺伝子発現ネットワークの3層に分けて考えることができるが、これまでにPAM処理したグリオブラストーマ細胞とPAL処理したグリオブラストーマ細胞のメタボローム解析の結果や細胞外フラックスアナライザーを用いた細胞呼吸や解糖系、TCAサイクル、電子伝達系への影響について報告しているので、それらの結果との関連を考察する。また、これまでにウェスタンブロッティング法により、PAM処理したグリオブラストーマやPAL処理したグリオブラストーマについてPI3K-AKTシグナル伝達経路やRAS-MAPKシグナル伝達経路などの生存・増殖シグナル伝達ネットワークの抑制なども報告しており、それらの結果との関連も調べることにより、細胞内分子機構を包括的かつ統一的に理解してゆきたいと考えている。
すべて 2022 2021
すべて 雑誌論文 (11件) (うち国際共著 1件、 査読あり 11件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (8件) (うち国際学会 5件、 招待講演 1件)
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