研究課題
本研究は、脈石鉱物に着目して鉱物学的・同位体地球化学的な解析を行って、鉱物が生成した際の温度・化学環境を詳細に特定し、堆積層内で進行する化学反応に注目した新しい鉱床形成モデルの構築を目指している。2021年度は沖縄トラフ伊江山熱水域から得られた堆積物コアを対象試料とした研究に着手した。海底下深度50-65mbsfの堆積層に胚胎する鉱化体の鉱物学的記載を行った後に、硫化鉱物を対象とした鉱物化学的解析と重晶石を対象とした同位体地球化学的解析を行った。その結果、鉱化体最上層に近い53 mbsf において、閃亜鉛鉱が鉄に富む、重晶石のストロンチウム同位体比が海水より低い値を示す、といった特徴が見いだされた。これらの特徴は、堆積物コアが得られた掘削点の周囲の熱水マウンドから採取された鉱石試料の地球化学的特徴と数値も含めて良く一致しており、海底面上の熱水マウンドと堆積層内の鉱化体がともに同じ熱水を鉱液とする鉱化作用により形成されたことを強く示唆している。一方、53 mbsfより深部の鉱化体から得られた閃亜鉛鉱の鉄含量、重晶石のストロンチウム同位体比は海水の影響を強く受けた値を示すものが多かった。また重晶石のイオウ同位体比は海水の値からやや重い値の範囲を示した。これらの結果は、海水由来の間隙水が占める堆積層内へ熱水が浸入して鉱化作用を引き起こしたことを示唆している。また並行して進めている重晶石の流体包有物の均質化温度も、熱水と海水の混合による沈殿生成で説明できる温度範囲に入っており、同位体地球化学的証拠と調和的な結果が得られた。さらに予察的な重晶石の放射非平衡年代測定によっても、 掘削点周囲の熱水マウンドから採取された鉱石試料と同じ範囲の年代が得られた。研究成果の一部を6月の地球惑星科学連合年会(国内学会:リモート)および3月のSGA Meeting(国際学会:リモート)で発表した。
3: やや遅れている
現在までの研究により、本研究の作業仮説である「堆積層内で進行する鉱化作用」を裏付けるための必要条件となる地球化学的証拠が期待通り得られている。その一方で、十分条件となる証拠、すなわち、堆積層内での鉱化作用を考えないと説明ができない地球化学的特徴については、まだ十分とは言えない。この要因として、2021年度においてCOVID-19に伴う行動制限・施設の立入制限が厳しかったために、研究代表者が研究分担者の施設に赴き結果を見ながら同位体地球化学的解析を進めるといったことができず、少数試料の散発的な解析に終わってしまった点がある。堆積物コア試料の解析結果から、見いだされた地球化学的特徴の堆積層内の鉛直分布を描くという当初の研究戦略に立ち返り、より多くの試料の系統的な解析を進めることによって遅れを取り戻したい。また年代測定により得られる年代情報について、堆積層内での鉱化作用を制約できる証拠となり得る指標として注目している。一方、放射非平衡年代測定の予察的な解析の結果は、鉛直方向での年代の変化を見出すことができず、また得られる年代の信頼性についても疑問符がつくものであった。放射非平衡年代測定にはいくつかの前提条件が要請されるので、この手法を熱水性鉱石に適用するためにクリアすべき問題点の検討が必要になると考えている。
本研究の中心的戦略である同位体地球化学解析については、堆積層内における深度方向のプロファイルを詳細に明らかにできるように、予察的な結果を見ながら深度(試料)を選択して解析を粛々と進めて、熱水成分流体や海水起源流体が供給される深度、あるいは堆積層内で被る反応履歴を詳細に推定するのに必要な解析データを取得していく。重晶石の流体包有物のサーモメトリーによって得られる温度情報を補完するために、堆積層内の粘土鉱物の解析を行って変質温度履歴に関する情報を取得する。さらに可能であれば粘土鉱物を単離して酸素同位体温度計を適用することを目指す。重晶石の年代測定に関する信頼性の問題を検討するために、堆積物の影響がほとんどない伊豆小笠原弧の熱水域で採取された試料の解析を並行して進めていく。2021年度にこの海域の潜航調査に参加する機会があり、熱水マウンドから採取された鉱石試料を確保することができたほか、2022年度にも潜航調査が予定されている。両者の結果を比較することで、堆積物の変質反応に伴い濃縮された可能性がある放射性核種の影響を議論する材料を得る計画である。
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