研究課題/領域番号 |
21H01356
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
樋浦 諭志 北海道大学, 情報科学研究院, 准教授 (30799680)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | スピン光デバイス / 半導体量子ドット / スピン増幅 / 希薄窒化ガリウムヒ素 / スピン輸送 / 超格子 / スピンダイナミクス / 光スピントロニクス |
研究実績の概要 |
光と電子の持つ本質的な量子効果を活用した光電融合型の省エネルギー情報基盤を構築するには、電力消費なしに情報を保持する電子のスピン状態と熱損失なしに情報を伝送する光との直接の光電変換が可能な半導体材料と半導体光デバイスの開発が必要である。しかしながら、光デバイスに必須の三次元半導体誘電バリア層では、室温で伝導電子スピンが極めて不安定になりスピン情報が急速に失われ、光スピン変換素子の性能を大きく低下させてしまうという解決すべき課題が存在する。そこで、本研究では室温で伝導電子のスピン偏極を増幅できる希薄窒化ガリウムヒ素(GaNAs)に着目し、スピン偏極の増幅機能を実用光デバイス材料として広く知られるIII-V族半導体量子ドットや半導体誘電バリア層に搭載することによって、半導体光スピントロニクスのボトルネックである光スピン変換素子の室温安定動作を実現することを目指す。 今年度はまずInAs量子ドットとGaNAs量子井戸のトンネル結合構造において、量子ドットの発光強度と電子スピン偏極率に対する量子井戸厚の影響を調べた。その結果、量子井戸を薄くすることによって、少ないキャリア注入量で量子ドットの強い発光と高いスピン偏極を両立できることを明らかにした。次に、GaNAsを用いた超格子構造を開発する前に超格子単体の電子スピン輸送特性を室温で評価した。超格子を構成する量子井戸の膜厚に着目し、室温で高いスピン偏極を保持したまま量子ドット光学活性層まで電子を長距離輸送できる超格子構造を開発した。また、量子ドットを光学活性層に用いたスピン偏極発光ダイオードを開発した。量子ドットを埋め込むGaAsキャップバリア層へのpドーピングにより室温で支配的な電子スピン緩和を抑制し、高効率な光スピン変換動作を達成した。さらに、室温で高効率に動作するスピン偏極受光ダイオードの開発に向けた高精度測定システムを構築した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現在までに本研究課題の根幹となる室温でスピンフィルタリング増幅が高効率に動作するGaNAs量子井戸の成長条件、ならびに少ないキャリア注入量で高い電子スピン偏極と高輝度発光を同時に実現できるInAs量子ドットとGaNAs量子井戸のトンネル結合構造の開発に成功している。この成果は本研究課題の最終目標であるスピン偏極発光ダイオードの室温安定動作を達成するための基盤技術につながるとともに、デバイス動作時における注入電流を低減できることから実用的意義が大きい。また、今年度は光スピン変換素子の無磁場動作において必要不可欠な垂直磁気異方性を有するCoFeB/MgOスピン注入源のスパッタ法による作製条件と熱処理条件を見出しており、実用化に不可欠な無磁場動作を実現するための要素技術の開発にも成功している。これらの技術を組み合わせることによって、室温かつ無磁場で高効率に動作する量子ドットスピン偏極発光ダイオードを開発できる。 当初計画していたGaNAsを用いた超格子構造の開発には至っていないが、GaAs/AlGaAs超格子の電子量子波を用いたスピン保存輸送が低温だけでなく室温でも十分に機能することを確認した。今年度中に蓄積したGaNAs薄膜の結晶成長技術を活用することで、次年度中にGaNAsを用いた超格子構造を開発できる見込みである。 スピン偏極受光ダイオードの研究においては、当初の計画以上に進展している。入射光の強度変調と偏光変調の二重変調法により、pAオーダーの微小なスピン依存光電流を室温環境下で高感度かつ高精度に検出することに成功した。試料に量子ドットスピン偏極発光ダイオードを用いた実験において、印加電圧や入射光波長、入射光強度に依存した理想的な受光特性が得られている。 上記のとおり、材料・デバイスの両観点から良好な結果が継続して得られており、本研究課題はおおむね順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
実用上重要な室温における量子ドットの発光強度と発光円偏光度を更に向上させるために、新しい半導体ナノ構造の開発に取り組む。GaNAs量子井戸にInAs量子ドットを埋め込んだDot-in-Well構造を開発し、量子ドットへのキャリア注入効率を高めるとともに、量子ドットへ再注入する電子スピンの偏極を増幅する。また、結晶成長後の急速加熱処理によりGaNAs中の光学欠陥の密度を減少させることで、高い電子スピン偏極を維持したまま発光強度の増大が可能であるかを探索する。 次に、スピン発光デバイス応用の観点から、量子ドット光学活性層だけでなく電子スピン輸送層にもスピン増幅機能を搭載する。電子スピンの保存輸送に優れた半導体超格子と室温で伝導電子のスピン偏極を増幅できるGaNAsを組み合わせる。具体的には、超格子の量子井戸層にGaNAsを用いる、あるいは超格子全体を希薄窒化物半導体に置き換えることを計画している。超格子のトンネル輸送中にスピンフィルタリング増幅効果が段階的に働くことによって、量子ドット光学活性層へ多数個スピンを選択的に輸送できることが期待される。 スピン偏極発光ダイオードの開発においては、今年度に確立した垂直磁化CoFeB/MgOスピン注入源を強磁性体電極層に用いることで、無磁場下での高効率な室温動作を目指す。また、今年度に開発したInAs量子ドットとGaNAs量子井戸のトンネル結合構造を光学活性層に用いることで、スピン増幅機能を搭載したスピン偏極発光ダイオードの室温動作を達成する。さらに、室温で高効率に動作するスピン偏極受光ダイオードの開発に向けて、円偏光受光特性とその支配要因を詳細に明らかにする。光吸収体積の観点から半導体受光層に高密度の多層量子ドットあるいは多重量子井戸を用いたスピン偏極受光ダイオードを開発し、スピン依存光電流の温度・電圧・入射光波長依存性を多角的に評価する。
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