研究課題
アモルファス磁性細線に形成された磁壁の移動特性測定において本年度は以下のような研究成果を得た。アモルファス磁性薄膜であるTb/Co積層薄膜をスパッタ法により作製し、フォトリソグラフィー法を用いて細線状に加工して磁性細線を作製した。作製した薄膜上部に絶縁層を成膜し,さらにその上部に磁壁導入用のヘアピンコイルを作製して磁壁導入および磁壁移動の閾電流を測定した。磁化反転閾磁界よりやや小さな外部磁界を細線全体に印加した状態で,ヘアピンコイルにパルス電流を加えることで細線の一部にのみ磁壁ペアを導入し、その後,磁性細線に電流を印加して磁壁移動実験を行った。なお、本研究ではスピン偏極率を推定することが目的であるため、磁性細線の下部または上部に重金属層は形成しておらずスピン軌道相互作用の影響は現れない構造になっている。本研究では磁壁そのものを画像で見るのではなく、レーザーが照射された微小領域の磁化の向きをKerr出力により検出する方法となっている。磁壁を導入した磁性細線にパルス電流を印加すると、ある電流値を超えるとKerr出力に変化が見られた。同様の実験を磁界強度変化させて行ったところ、磁壁移動をアシストする磁場強度が大きいほど閾電流が小さいことが分かったが、Kerr出力の変化量も異なることが確認された。磁壁がKerrスポットを抜けて十分遠方に移動していれば、Kerr出力は外部磁界強度に依らず一定となるはずであるため、本研究で得られたKerr出力変化は磁壁移動ではなく、電流導入による熱の影響で磁化反転した、もしくは電流導入によりTbCo薄膜の磁気特性そのものが変化した可能性が挙げられる。仮に磁壁移動によりKerr出力が変化したと仮定して、前年度に実施したマイクロマグネティックシミュレーションと比較するとスピン偏極率は0.1程度である。
2: おおむね順調に進展している
本年度は当初の予定通り、素子作製プロセスの最適化と磁壁移動実験を実施した。電流導入用のプローブを素子に接触させる際に静電気の放電が生じて素子の磁気特性が失われるなどのトラブルが発生したが、TbとCoの組成比を磁壁移動実験に適したものにすることで実験のし易さが大幅に改善された。一方で、本年度得られた結果が本研究で目的とするスピントランスファートルクを色濃く反映したものなのか、熱の影響が支配的なのか不明ではあるが、本年度の研究はおおむね順調に進展していると考えている。
本年度得られたKerr出力の変化が磁壁移動によるものか電流導入により発生した熱によってもたらされたものか不明であるため、これまで使用してきた安価であるが熱伝導性が低いガラス基板から熱伝導性の優れたシリコンに変更することで熱を基板側に逃がすよう工夫して実験を行う。基板が変わることでスパッタ時の成膜プロセスの最適化を再び行う必要があるため、まずはこれらを上半期で行う。その後にKerr出力を用いた磁壁の動的挙動測定システムの構築を行う。磁壁の動的挙動測定システムの構築は、スピントランスファートルクによる磁壁移動実験で所望の結果が得られなかった場合には、スピン軌道トルクによる磁壁移動実験を通して行う。作製した素子形状および磁気特性に準じたマイクロマグネティックシミュレーションを行い、引き続きスピン偏極率の推定に必要なデータを収集する。
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すべて 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 1件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (10件) (うち国際学会 7件)
Nano-Structures & Nano-Objects
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Scientific reports
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