研究課題/領域番号 |
21H01543
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研究機関 | 横浜国立大学 |
研究代表者 |
西 佳樹 横浜国立大学, 大学院工学研究院, 教授 (70470052)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 環境リスク / 海洋モデル / 難分解性有機汚染物質 / 確率微分方程式 |
研究実績の概要 |
本研究は、海洋汚染を原因とする環境リスクを評価する方法を創り出すための3年計画の取り組みである。本年度はその初年度であった。汚染源として本研究が取り上げる物質は難分解性有機汚染物質と総称されるものである。海水や海底堆積層にはこの物質が存在することが確認されている。プランクトンや魚類など海に棲む生物間での食物連鎖を通じて、この物質は生物体内に蓄積されるといわれている。汚染物質を体内に含む魚をヒトが食することのリスクを数字として示すことが本研究の最終到達目標である。この目標達成のため、海という広大に空間の中で汚染物質が移流拡散などの物理的挙動に加え化学反応や生物による取り込みなども考慮して、その動態を明らかにすることを初年度の目標とした。本研究で採用する手法は、この動態を理論的に数式によって表現しその式の解を計算機で求めるというものである。この手法は最終目標として掲げるリスク算定と親和性が高いためである。本年度は、海水中での移流拡散を「大きい規模での現象」、個々の生物体での物質の出入りを「小さい規模での現象」と区別し、この両者に対する数学的表現を決める作業を進めた。またこれら大小両規模での現象を統合するために確率論を導入した。理論的な検討が完了した部分については数値計算を実施しその出力を吟味することで、理論(モデル)としての妥当性を検証した。詳細は次の通りである。(1)ヒト体内での物質収支を確率微分方程式で表現しその解がもつ統計分布を観測されるものと比較し、両者が一致する結果を得た。(2)海洋生態系(プランクトン)と魚とから構成される食物連鎖系内での汚染質の動態を数値計算した結果を観測結果と比較し、モデルの妥当性を確認した。(3)海の流れを数値計算で再現する数値流体力学的な手法に改良を加え、その結果を観測結果と比較し、改良手法の良好な性能を確認した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2021年度の達成目標は、難分解性有機汚染物質の物理・化学・生物の側面での各現象を、確率論を土台として理論的に記述すること、およびその理論をプログラムの形で計算機の中に実装することである。食物連鎖系の頂点に位置するヒトが被る影響を計算するために、物質の収支を確率微分方程式のかたちで記述した。その解から、影響を被る人口比率の期待値を計算できるようにした。この計算に一種の積分近似手法(ラプラス近似)が適用可能であることを示したことが特徴である。次に、海洋生態系における汚染物質の動態を再現するモデルを作成した。「小さな規模での現象」を表す理論が、「大きな規模での現象」で求まった変数を参照する際に、変数のあいまいさを考慮する必要がある。本研究では、汚染物質濃度の確率密度にしたがうサンプリング手法を応用し、そのあいまいさを表現した。そうした手法をプログラムとして計算機実装し魚の体内に蓄積する汚染物質量を見積もった。計算値と観測値とは概ね一致したことからモデルが妥当に構築されたことが確認できた。さらに、本研究があつかう諸現象の中で最も空間規模の大きい海水流動に関する数値シミュレーション手法の改良を試みた。海水運動を表現する流体力学方程式に含まれる各項に対して最適なスキームをそれぞれ選択可能なアルゴリズムを実装した。このプログラムの性能を検証するために、強潮流環境下での低塩分水挙動の計算に適用した。計算値と観測値とはまずますの一致度を見せたことから上記のアルゴリズムは概ね良好に機能し得ることが確認された。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度終了時点でモデリングできていなかった現象を対象とし新たに理論を構築する作業も進める。海水中に浮遊する粒子状固体のある種のものは疎水性をもつことから海水中の難分解性有機汚染物質を誘引する性質があるといわれている。この結果として、固体表面上にこの汚染物質が吸着され濃度が高くなり、その固体を摂取する生物への影響が増幅されることが懸念される。2022年度は、海水中で発生する吸着をモデリングし、数値計算を実行し文献調査から実験データを収集しモデルの妥当性を検証する。 本研究では海洋汚染を主題としており、その汚染の要因のひとつが河川を通じた汚染物質の流入と推測している。河川水が河口付近から沿岸域でどのように広がっていくかという現象に特に注目している。相模湾に流れ込む河川を対象として河川水由来の低塩分水挙動を追跡するモデルを作成する。さらに、現場観測を実施し塩分の実測値を取得しモデルの検証に供する。 また、個々の研究課題において独立に開発したプログラムを統合し、ひとつのリスク評価モデルとして形を成すようにする作業を進める。2023年度には、2021/2022年度に開発したプログラムを、ソフトウェアとしての汎用性と使いやすさとに注意しながら完成させる。
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