本研究は,リチウムイオン電池などに用いられる酸化物電極材料に対して,多数の元素を固溶した際に現れるハイエントロピー効果が,微細組織形成・電極性能に与える影響とその機構を調査することを目的とする.また本研究を通じて,多元素混合時の微細組織形成挙動,微細組織により誘起される弾性歪,弾性歪の存在下における多元素の電荷補償反応と電子状態などを実験的・計算的に明らかにしつつ,それらを記述する学理構築を目指す. 3年目に当たる2023年度は,元来多価イオンであるMgイオンの可逆的な挿入脱離が困難であると考えられていた岩塩型構造を有する酸化物材料を新たに合成し,様々な電解液を用いた際の電気化学特性,充放電特性の評価を詳細に行った.また,Mg移動時の活性化エネルギーに対するカチオン空孔の影響を計算的手法で評価するとともに,円滑なMg拡散経路が活物質全体に広がるための組成条件を導出した. さらに,より多量のカチオン空孔が導入できる組成での新規酸化物材料の評価も行った.その結果,この材料では大量のカチオン空孔生成により非晶質化することが明らかになった.通常,正極材料での非晶質化はMgの円滑な挿入脱離を阻むものとして避けられてきた.しかし,これまでの「常識」に反し,カチオン空孔に由来する自由体積を多く含む今回の非晶質正極材料は,むしろ結晶に比べてより円滑なMgの挿入脱離ができることを見いだした.これはより低温かつ高速に動作するマグネシウム蓄電池正極材料の設計において,大きな手がかりとなる結果である.
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