我々が開発した高強度鋼の社会普及に向け必要不可欠な,高強度化・延性発現機構の裏付け,すなわちメカニズムの理論的解明に向け検討を行った.本年度はこれまでに得られた実験データを機械学習により統合的に解析し,引張,シャルピー衝撃値といった各種力学特性に対し各制御パラメータが及ぼす「影響度」を明らかにした.この結果,母相中の炭素濃度といった従来より知られる因子以外に,炭化物の粒径,分布が非常に強い影響を及ぼしていることが見出された.特に,炭化物粒径によって,個数の増加が力学特性に与える寄与が異なるなどの興味深い示唆が得られた. しかし一方で,機械学習による解析だけでは不十分と思われる事例も見られた.例えばシャルピー衝撃値については,実験データの解析から,旧オーステナイト粒径低下が特性向上に有効であることが示唆されたが,この重要性は機械学習解析結果からは明瞭に得ることができなかった.これは開発鋼材の組織が階層的に非常に複雑な様相を有していることに加え,互いの因子間でも相互作用があるため,今回の実験点数,手法では完全な解析結果を得るには十分でなかった可能性がある.このことからも,今後も本研究のように実験と解析・観察を常に並行して実施することの重要性が示された. 以上の内容を含めた本プロジェクト三年間の研究成果として,実際に2500MPa程度の最大強度と5%以上の塑性伸びを兼ね備える新鉄鋼材料の開発が実現された.このような実験結果が一部反映された形で,実際に2023年春には,株式会社小松製作所,山陽特殊製鋼との共同開発により,商品名「タフィット」として,延性を備えた超高強度炭素鋼の実用化(@山陽特殊製鋼)にまでつなげることができた.以上のように,本研究の遂行により学問的,実用的両観点から非常に大きな進展を得ることができた.
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